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定番の怖い話

【洒落怖】【怖い話】禁后「その②」

代々、母から娘へと三つの儀式が受け継がれていたある家系にまつわる話。 
まずはその家系について説明します。 

その家系では娘は母の『所有物』とされ、娘を『材料』として扱うある儀式が行われていました。 
母親は二人または三人の女子を産み、その内の一人を『材料』に選びます。
(男子が生まれる可能性もあるはずですが、その場合どうしていたのかはわかりません)
選んだ娘には二つの名前を付け、一方は母親だけが知る本当の名として生涯隠し通されます。 
万が一知られた時の事も考え、本来その字が持つものとは全く違う読み方が当てられるため、
字が分かったとしても、読み方は絶対に母親しか知り得ません。 
母親と娘の二人きりだったとしても、決して隠し名で呼ぶ事はありませんでした。 
忌み名に似たものかも知れませんが、『母の所有物』であることを強調・証明するためにしていたそうです。 
また、隠し名を付けた日に必ず鏡台を用意し、娘の10,13,16歳の誕生日以外には絶対にその鏡台を娘に見せない、
という決まりもありました。 
これも、来たるべき日のための下準備でした。 

本当の名を誰にも呼ばれることのないまま、『材料』としての価値を上げるため、
幼少時から母親の『教育』が始まります。 (選ばれなかった方の娘は、ごく普通に育てられていきます)
例えば…
・猫、もしくは犬の顔をバラバラに切り分けさせる 
・しっぽだけ残した胴体を飼う 
(娘の周囲の者が全員、これを生きているものとして扱い、娘にそれが真実であると刷り込ませていったそうです)
・猫の耳と髭を使った呪術を教え、その呪術で鼠を殺す 
・蜘蛛を細かく解体させ、元の形に組み直させる 
・糞尿を食事に(自分や他人のもの)など。 

全容はとても書けないのでほんの一部ですが、
どれもこれも聞いただけで吐き気をもよおしてしまうようなものばかりでした。 
中でも動物や虫、特に猫に関するものが全体の3分の1ぐらいだったのですが、これは理由があります。 
この家系では男と関わりを持つのは子を産むためだけであり、目的数の女子を産んだ時点で関係が断たれるのですが、
条件として事前に提示したにも関わらず、家系や呪術の秘密を探ろうとする男も中にはいました。 
その対応として、ある代からは男と交わった際に、呪術を使って憑きものを移すようになったのです。 
それによって、自分達が殺した猫などの怨念は全て男の元へ行き、
関わった男達の家で、憑きもの筋のように災いが起こるようになっていたそうです。 
そうする事で、家系の内情には立ち入らないという条件を守らせていました。 
こうした事情もあって、猫などの動物を『教育』によく使用していたのです。 
『材料』として適した歪んだ常識、歪んだ価値観、歪んだ嗜好などを形成させるための異常な『教育』は、
代々の母娘間で13年間も続けられます。
その間で、三つの儀式の内の二つが行われます。 

一つは10歳の時、母親に鏡台の前に連れていかれ、爪を提供するように指示されます。 
ここで初めて娘は鏡台の存在を知ります。
両手両足からどの爪を何枚提供するかは、それぞれの代の母親によって違ったそうです。 
提供するとは、もちろん剥がすという意味です。 
自分で自分の爪を剥がし母親に渡すと、
鏡台の三つある引き出しの内、一番上の引き出しに爪と娘の隠し名を書いた紙を一緒に入れます。 
そしてその日は一日中、母親は鏡台の前に座って過ごすのです。
これが一つ目の儀式。

もう一つは13歳の時、同様に鏡台の前で歯を提供するように指示されます。 
これも代によって数が違います。 
自分で自分の歯を抜き、母親はそれを鏡台の二段目、やはり隠し名を書いた紙と一緒にしまいます。 
そしてまた一日中、母親は鏡台の前で座って過ごします。 
これが二つ目の儀式です。

この二つの儀式を終えると、その翌日~16歳までの三年間は『教育』が全く行われません。 
突然、何の説明もなく自由が与えられるのです。
これは、13歳までに全ての準備が整ったことを意味していました。 
この頃には、すでに母親が望んだ通りの生き人形のようになってしまっているのがほとんどですが、
わずかに残されていた自分本来の感情からか、ごく普通の女の子として過ごそうとする娘が多かったそうです。 

そして三年後、娘が16歳になる日に最後の儀式が行われます。 
最後の儀式、それは鏡台の前で母親が娘の髪を食べるというものでした。 
食べるというよりも、体内に取り込むという事が重要だったそうです。 
丸坊主になってしまうぐらいのほぼ全ての髪を切り、鏡台を見つめながら無我夢中で口に入れ飲み込んでいきます。
娘はただ茫然と眺めるだけ。 
やがて娘の髪を食べ終えると、母親は娘の本当の名を口にします。 
娘が自分の本当の名を耳にするのは、この時が最初で最後でした。 

これでこの儀式は完成され、目的が達成されます。 
この翌日から母親は四六時中自分の髪をしゃぶり続ける廃人のようになり、亡くなるまで隔離され続けるのです。
廃人となったのは文字通り母親の脱け殻で、母親とは全く別のものです。 
そこにいる母親はただの人型の風船のようなものであり、
母親の存在は誰も見たことも聞いたこともない、誰も知り得ない場所に到達していました。 
これまでの事は、全てその場所へ行く資格(神格?)を得るためのものであり、
最後の儀式によってそれが得られるというものでした。 
その未知なる場所では、それまで同様にして資格を得た母親たちが暮らしており、
決して汚れることのない楽園として存在しているそうです。 
最後の儀式で資格を得た母親はその楽園へ運ばれ、後には髪をしゃぶり続けるだけの脱け殻が残る…
そうして新たな命を手にするのが目的だったのです。 
残された娘は母親の姉妹によって育てられていきます。 
一人でなく二~三人産むのはこのためでした。 
母親がいなくなってしまった後、普通に育てられてきた母親の姉妹が娘の面倒を見るようにするためです。 
母親から解放された娘は、髪の長さが元に戻る頃に男と交わり、子を産みます。 
そして、今度は自分が母親として全く同じ事を繰り返し、母親が待つ場所へと向かうわけです。

ここまでがこの家系の説明です。 
もっと細かい内容もあったのですが、二度三度の投稿でも収まる量と内容じゃありませんでした。 
なるべく分かりやすいように書いたのですが、今回は本当に分かりづらい読みづらい文章だと思います。 
申し訳ありません。 
本題はここからですので、ひとまず先へ進みます。 

実は、この悪習はそれほど長く続きませんでした。 
徐々にこの悪習に疑問を抱くようになっていったのです。 
それがだんだんと大きくなり、次第に母娘として本来あるべき姿を模索するようになっていきます。 
家系としてその姿勢が定着していくに伴い、悪習はだんだん廃れていき、やがては禁じられるようになりました。
ただし、忘れてはならない事であるとして、隠し名と鏡台の習慣は残す事になりました。 
隠し名は母親の証として、鏡台は祝いの贈り物として受け継いでいくようにしたのです。 
少しずつ周囲の住民達とも触れ合うようになり、夫婦となって家庭を築く者も増えていきました。 

そうしてしばらく月日が経ったある年、一人の女性が結婚し妻となりました。八千代という女性です。 
悪習が廃れた後の生まれである母の元で、ごく普通に育ってきた女性でした。 
周囲の人達からも可愛がられ平凡な人生を歩んできていましたが、
良き相手を見つけ、長年の交際の末の結婚となったのです。 
彼女は自分の家系については、母から多少聞かされていたので知っていましたが、
特に関心を持った事はありませんでした。 
妻となって数年後には娘を出産、貴子と名付けます。 
母から教わった通り隠し名も付け、鏡台も自分と同じものを揃えました。 

そうして幸せな日々が続くと思われていましたが、娘の貴子が10歳を迎える日に異変が起こりました。 
その日、八千代は両親の元へ出かけており、家には貴子と夫だけでした。 
用事を済ませ、夜になる頃に八千代が家に戻ると、信じられない光景が広がっていました。 
何枚かの爪が剥がされ、歯も何本か抜かれた状態で貴子が死んでいたのです。 
家の中を見渡すと、しまっておいたはずの貴子の隠し名を書いた紙が床に落ちており、
剥がされた爪と抜かれた歯は貴子の鏡台に散らばっていました。 
夫の姿はありません。 
何が起こったのかまったく分からず、娘の体に泣き縋るしか出来ませんでした。 
異変に気付いた近所の人達がすぐに駆け付けるも、八千代はただずっと貴子に泣き縋っていたそうです。 
状況が飲み込めなかった住民達は、ひとまず八千代の両親に知らせる事にし、
何人かは八千代の夫を探しに出ていきました。 
この時、八千代を一人にしてしまったのです。 
その晩のうちに、八千代は貴子の傍で自害しました。 

住民達が八千代の両親に知らせたところ、現場の状況を聞いた両親は落ち着いた様子でした。
「想像はつく。八千代から聞いていた儀式を試そうとしたんだろ。
 八千代には詳しく話したことはないから、断片的な情報しか分からんかったはずだが、
 貴子が10歳になるまで待っていやがったな」
と言って、八千代の家へ向かいました。 
八千代の家に着くと、さっきまで泣き縋っていた八千代も死んでいる…
住民達はただ愕然とするしかありませんでした。 
八千代の両親は終始落ち着いたまま、
「わしらが出てくるまで誰も入ってくるな」と言い、しばらく出てこなかったそうです。 

数時間ほどして、やっと両親が出てくると、
「二人はわしらで供養する。夫は探さなくていい。理由は今に分かる」
と住民達に告げ、その日は強引に解散させました。 

それから数日間、夫の行方はつかめないままだったのですが、
程なくして、八千代の家の前で亡くなっているのが見つかりました。 
口に大量の長い髪の毛を含んで死んでいたそうです。 
どういう事かと住民達が八千代の両親に尋ねると、
「今後八千代の家に入ったものはああなる。そういう呪いをかけたからな。 
 あの子らは、悪習からやっと解き放たれた新しい時代の子達なんだ。
 こうなってしまったのは残念だが、せめて静かに眠らせてやってくれ」
と説明し、八千代の家をこのまま残していくように指示しました。 

これ以来、二人への供養も兼ねて、八千代の家はそのまま残される事となったそうです。
家のなかに何があるのかは誰も知りませんでしたが、八千代の両親の言葉を守り、誰も中を見ようとはしませんでした。
そうして、二人への供養の場所として長らく残されていたのです。 

その後、老朽化などの理由でどうしても取り壊すことになった際、初めて中に何があるかを住民達は知りました。
そこにあったのは私達が見たもの、あの鏡台と髪でした。 
八千代の家は二階がなかったので、玄関を開けた目の前に並んで置かれていたそうです。 
八千代の両親がどうやったのかはわかりませんが、やはり形を成したままの髪でした。 
これが呪いであると悟った住民達は、出来るかぎり慎重に運び出し、新しく建てた空き家の中へと移しました。 
この時、誤って引き出しの中身を見てしまったそうですが、何も起こらなかったそうです。 
これに関しては、供養をしていた人達だったからでは?という事になっています。 
空き家は町から少し離れた場所に建てられ、
玄関がないのは出入りする家ではないから、窓・ガラス戸は日当たりや風通しなど供養の気持ちからだという事でした。
こうして誰も入ってはいけない家として町全体で伝えられていき、大人達だけが知る秘密となったのです。 

ここまでが、あの鏡台と髪の話です。 
鏡台と髪は八千代と貴子という母娘のものであり、言葉は隠し名として付けられた名前でした。 

ここから最後の話になります。 
空き家が建てられて以降、中に入ろうとする者は一人もいませんでした。 
前述の通り、空き家へ移る際に引き出しの中を見てしまったため、
中に何があるかが一部の人達に伝わっていたからです。 
私達の時と同様、事実を知らない者に対して過剰に厳しくする事で、何も起こらないようにしていました。 
ところが、私達の親の間で一度だけ事が起こってしまったそうです。 
前回の投稿で、私と一緒に空き家へ行ったAの家族について、少しふれたのを覚えていらっしゃるでしょうか。 
Aの祖母と母がもともと町の出身であり、結婚して他県に住んでいたという話です。 
これは事実ではありませんでした。

子供の頃に、Aの母とBの両親、そしてもう一人男の子(Eとします)を入れた四人であの空き家へ行ったのです。
私達とは違って夜中に家を抜け出し、わざわざハシゴを持参して二階の窓から入ったそうです。 
窓から入った部屋には何もなく、やはり期待を裏切られたような感じでガクッとし、隣にある部屋へ行きました。
そこであの鏡台と髪を見て、夜中という事もあり凄まじい恐怖を感じます。 
ところが、四人のうちA母はかなり肝が据わっていたようで、
怖がる三人を押し退けて近づいていき、引き出しを開けようとさえしたそうです。 
さすがに三人も必死で止め、その場は治まりますが、問題はその後に起こりました。 
その部屋を出て恐る恐る階段を降りると、またすぐに恐怖に包まれます。 
廊下の先にある鏡台と髪。
この時点で三人はもう帰ろうとしますが、A母が問題を引き起こしてしまいました。 
私達の時のD妹のように、引き出しを開け中のものを出したのです。 
A母が取り出したのは、一階の鏡台の一段目の引き出しの中の『紫逅』と書かれた紙で、
何枚かの爪も入っていたそうです。 
さすがにやばいものではと感じた三人は、A母を無理矢理引っ張り、紙を元に戻して帰ろうとしますが、
じたばたしてるうちに棒から髪が落ちてしまったそうです。 
空き家の中で最も異様な雰囲気であるその髪にA母も触れる勇気はなく、四人はそのままにして帰ってきてしまいました。

それから二,三日はそのまま放っておいたらしいですが、親にバレたら…という気持ちがあったので、
元に戻しに行く事になります。 
B両親はどうしても都合があわなかったため、A母とE君の二人で行く事になりました。

夜中に抜け出し、ハシゴを使って二階から入ります。 
階段を降り、家から持ってきた箸で髪を掴んで何とか棒に戻しました。 
「さぁ早く帰ろう」とE君は急かしましたが、
ホッとしたのかA母はE君を怖がらせようと思い、今度は二段目の引き出しを開けたのです。 
『紫逅』と書かれた紙と、何本かの歯が入っていました。 
あまりの恐怖にE君は取り乱し泣きそうになっていたのですが、
A母はこれを面白がってしまい、E君にだけ中が見えるような態勢で三段目の引き出しを開けたそうです。 
E君が引き出しの中を見たのはほんの数秒ほどでした。 
「何があった??」とA母が覗き込もうとした瞬間、ガンッ!!と引き出しを閉め、
ぼーっとしたまま動かなくなりました。 
A母はE君が仕返しにふざけてるんだと思ったのですが、
何か異常な空気を感じ、突然怖くなって一人で帰ってしまったのです。 

家に着いてすぐに母親に事情を話すと、母親の顔色が変わり異様な事態となりました。 
E君の両親などに連絡し、親達がすぐに空き家へ向かいます。 
数十分ぐらいして、家で待っていたA母は、親達に抱えられて帰ってきたE君を少しだけ見ました。 
何かを頬張っているようで、口元からは長い髪の毛が何本も見えていたそうです。 
この後B両親も呼び出され、親も交えて話したそうですが、E君の両親は三人に何も言いませんでした。 
ただ、言葉では表せないような表情でずっとA母を睨み付けていたそうです。 

この後、三人はあの空き家にまつわる話を聞かされました。 
E君の事に関しては、私達に言ったのと全く同じ事を言われたようでした。 
そして、E君の家族がどこかへ引っ越していくまでの一ヵ月間ぐらいの間、
毎日A母の家にE君の両親が訪ねてきていたそうです。 
この事でA母は精神的に苦しい状態になり、見かねた母親が他県の親戚のところへ預けたのでした。 
その後A母やE君がどうしていたのかはわかりませんが、A母が町に戻ってきたのはE君への償いからだそうです。

以上で話は終わりです。
最後に、鏡台の引き出しに入っているものについて。 

空き家には一階に八千代の鏡台、二階に貴子の鏡台があります。 
八千代の鏡台には、一段目は爪、二段目は歯が、隠し名を書いた紙と一緒に入っています。 
貴子の鏡台は、一,二段目とも隠し名を書いた紙だけです。 
八千代が『紫逅』、貴子が『禁后』です。 

そして問題の三段目の引き出しですが、中に入っているのは手首だそうです。 
八千代の鏡台には八千代の右手と貴子の左手、貴子の鏡台には貴子の右手と八千代の左手が、
指を絡めあった状態で入っているそうです。 
もちろん、今現在どんな状態になっているのかはわかりませんが。 
D子とE君はそれを見てしまい、異常をきたしてしまいました。 
厳密に言うと、隠し名と合わせて見てしまったのがいけなかったという事でした。 
『紫逅』は八千代の母が、『禁后』は八千代が実際に書いたものであり、
三段目の引き出しの内側には、それぞれの読み方がびっしりと書かれているそうです。 
空き家は今もありますが、今の子供達にはほとんど知られていないようです。 
娯楽や誘惑が多い今では、あまり目につく存在ではないのかも知れません。 
地域に関してはあまり明かせませんが、東日本ではないです。 

それから、D子のお母さんの手紙についてですが、これは控えさせていただきます。
D子とお母さんはもう亡くなられていると知らされましたので、私の口からは何もお話出来ません。

【洒落怖】【怖い話】禁后「その①」

私の故郷に伝わっていた『禁后』というものにまつわる話です。
どう読むのかは最後までわかりませんでしたが、私たちの間では『パンドラ』と呼ばれていました。

私が生まれ育った町は、静かでのどかな田舎町でした。
目立った遊び場などもない寂れた町だったのですが、一つだけとても目を引くものがありました。
町の外れ、田んぼが延々と続く道にぽつんと建っている、一軒の空き家です。
長らく誰も住んでいなかったようでかなりボロく、古くさい田舎町の中でも一際古さを感じさせるような家でした。
それだけなら単なる古い空き家…で終わりなのですが、目を引く理由がありました。

一つは、両親など町の大人達の過剰な反応。
その空き家の話をしようとするだけで厳しく叱られ、時にはひっぱたかれてまで怒られることもあったぐらいです。
どの家の子供も同じで、私もそうでした。
もう一つは、その空き家にはなぜか玄関が無かったということ。
窓やガラス戸はあったのですが、出入口となる玄関が無かったのです。
以前に誰かが住んでいたとしたら、どうやって出入りしていたのか?
わざわざ窓やガラス戸から出入りしてたのか?
そういった謎めいた要素が興味をそそり、いつからか勝手に付けられた『パンドラ』という呼び名も相まって、
当時の子供達の一番の話題になっていました。(この時点では、『禁后』というものについてまだ何も知りません)

私を含め大半の子は、何があるのか調べてやる!と探索を試みようとしていましたが、
普段その話をしただけでも親達があんなに怒るというのが身に染みていたため、なかなか実践できずにいました。
場所自体は子供だけでも難なく行けるし、人目もありません。
たぶん、みんな一度は空き家の目の前まで来てみたことがあったと思います。
しばらくはそれで雰囲気を楽しみ、何事もなく過ごしていました。

私が中学にあがってから何ヵ月か経った頃、
ある男子がパンドラの話に興味を持ち、「ぜひ見てみたい」と言いだしました。名前はAとします。
A君の家は、お母さんがもともとこの町の出身で、他県に嫁いでいったそうですが、
離婚を機に、実家であるお祖母ちゃんの家に戻ってきたとのこと。
A君自身はこの町は初めてなので、パンドラの話も全く知らなかったようです。
その当時私と仲の良かったB君・C君・D子の内、B君とC君が彼と親しかったので、
自然と私達の仲間内に加わっていました。
五人で集まってたわいのない会話をしている時、私達が当たり前のようにパンドラという言葉を口にするので、
気になったA君がそれに食い付いたのでした。
「うちの母ちゃんとばあちゃんもここの生まれだけど、その話聞いたらオレも怒られんのかな?」
「怒られるなんてもんじゃねえぜ?うちの父ちゃん母ちゃんなんか、本気で殴ってくるんだぞ!」
「うちも。意味わかんないよね」
A君にパンドラの説明をしながら、みんな親への文句を言い始めます。

ひととおり説明し終えると、一番の疑問である「空き家に何があるのか」という話題になりました。
「そこに何があるかってのは、誰も知らないの?」
「知らない。入ったことないし、聞いたら怒られるし。知ってんのは親達だけなんじゃないか?」
「だったらさ、何を隠してるのかオレたちで突き止めてやろうぜ!」
Aは意気揚揚と言いました。
親に怒られるのが嫌だった私と他の三人は、最初こそ渋っていましたが、
Aのノリにつられたのと、今までそうしたくともできなかったうっぷんを晴らせるということで、結局みんな同意します。
その後の話し合いで、いつも遊ぶ時によくついてくるDの妹も行きたいという事になり、
六人で日曜の昼間に作戦決行となりました。

当日、わくわくした面持ちで空き家の前に集合。
なぜか各自リュックサックを背負って、スナック菓子などを持ち寄り、みんな浮かれまくっていたのを覚えています。
前述のとおり、問題の空き家は田んぼに囲まれた場所にぽつんと建っていて、玄関がありません。
二階建の家ですが窓まで昇れそうになかったので、中に入るには一階のガラス戸を割って入るしかありませんでした。
「ガラスの弁償ぐらいなら大した事ないって」
そう言ってA君は思いっきりガラスを割ってしまい、中に入っていきました。
何もなかったとしてもこれで確実に怒られるな…と思いながら、みんなも後に続きます。

そこは居間でした。
左側に台所、正面の廊下に出て左には浴室と突き当たりにトイレ、右には二階への階段と本来玄関であろうスペース。
昼間ということもあり明るかったですが、玄関が無いせいか廊下のあたりは薄暗く見えました。
古ぼけた外観に反して中は予想より綺麗…というより何もありません。
家具など物は一切なく、人が住んでいたような跡は何もない。
居間も台所も、かなり広めではあったもののごく普通。
「何もないじゃん」
「普通だな?何かしら物が残ってるんだと思ってたのに」

何もない居間と台所をあれこれ見ながら、男三人はつまらなそうに持ってきたお菓子をボリボリ食べ始めました。
「てことは、秘密は二階かな」
私とD子は、D妹の手を取りながら二階に向かおうと廊下に出ます。
しかし、階段は…と廊下に出た瞬間、私とD子は心臓が止まりそうになりました。
左にのびた廊下には途中で浴室があり、突き当たりがトイレなのですが、
その間くらいの位置に鏡台が置かれ、真前につっぱり棒のようなものが立てられていました。
そして、その棒に髪がかけられていたのです。
どう表現していいかわからないのですが、カツラのように髪型として形を成したものというか、
ロングヘアの女性の後ろ髪が、そのままそこにあるという感じです。(伝わりにくかったらごめんなさい)
位置的にも、平均的な身長なら大体その辺に頭がくるだろうというような位置で棒の高さが調節してあり、
まるで『女が鏡台の前で座ってる』のを再現したみたいな光景。
一気に鳥肌が立ち、「何何!?何なのこれ!?」と軽くパニックの私とD子。
何だ何だ?と廊下に出てきた男三人も、意味不明な光景に唖然。
D妹だけが、「あれなぁに?」ときょとんとしていました。
「なんだよあれ?本物の髪の毛か?」
「わかんない。触ってみるか?」
A君とB君はそんな事を言いましたが、C君と私達は必死で止めました。
「やばいからやめろって!気持ち悪いし絶対何かあるだろ!」
「そうだよ、やめなよ!」
どう考えても異様としか思えないその光景に恐怖を感じ、ひとまずみんな居間に引っ込みます。
居間からは見えませんが、廊下の方に視線をやるだけでも嫌でした。
「どうする…?廊下通んないと二階行けないぞ」
「あたしやだ。あんなの気持ち悪い」
「オレもなんかやばい気がする」
C君と私とD子の三人は、あまりに予想外のものを見てしまい、完全に探索意欲を失っていました。
「あれ見ないように行けばだいじょぶだって。二階で何か出てきたって、階段降りてすぐそこが出口だぜ?
 しかもまだ昼間だぞ?」
AB両人はどうしても二階を見たいらしく、引け腰の私達三人を急かします。
「そんな事言ったって…」
私達が顔を見合わせどうしようかと思った時、はっと気付きました。
「あれ?D子、○○ちゃんは?」
「えっ?」
全員気が付きました。D妹がいないのです。
私達は唯一の出入口であるガラス戸の前にいたので、外に出たという事はありえません。
広めといえど居間と台所は一目で見渡せます。
その場にいるはずのD妹がいないのです。
「○○!?どこ!?返事しなさい!!」
D子が必死に声を出しますが、返事はありません。
「おい、もしかして上に行ったんじゃ…」
その一言に、全員が廊下を見据えました。
「やだ!なんで!?何やってんのあの子!?」
D子が涙目になりながら叫びます。
「落ち着けよ!とにかく二階に行くぞ!」
さすがに怖いなどと言ってる場合でもなく、すぐに廊下に出て階段を駆け上がっていきました。

「おーい、○○ちゃん?」
「○○!いい加減にしてよ!出てきなさい!」
みなD妹へ呼び掛けながら階段を進みますが、返事はありません。
階段を上り終えると、部屋が二つありました。どちらもドアは閉まっています。
まずすぐ正面のドアを開けました。その部屋は、外から見たときに窓があった部屋です。
中にはやはり何もなく、D妹の姿もありません。
「あっちだな」
私達はもう一方のドアに近付き、ゆっくりとドアを開けました。
D妹はいました。
ただ、私達は言葉も出せずその場で固まりました。
その部屋の中央には、下にあるのと全く同じものがあったのです。
鏡台とその真前に立てられた棒、そしてそれにかかった長い後ろ髪。
異様な恐怖に包まれ、全員茫然と立ち尽くしたまま動けませんでした。

「ねえちゃん、これなぁに?」
不意にD妹が言い、次の瞬間とんでもない行動をとりました。
D妹は鏡台に近付き、三つある引き出しの内、一番上の引き出しを開けたのです。
「これなぁに?」
D妹がその引き出しから取り出して、私達に見せたもの…
それは、筆のようなもので『禁后』と書かれた半紙でした。
意味がわからず、D妹を見つめるしかない私達。
この時、どうしてすぐに動けなかったのか、今でもわかりません。
D妹は構わずその半紙をしまって引き出しを閉め、今度は二段目の引き出しから中のものを取り出しました。
全く同じもの、『禁后』と書かれた半紙です。
もう何が何だかわからず、私はがたがたと震えるしか出来ませんでしたが、
D子が我に返り、すぐさま妹に駆け寄りました。
D子ももう半泣きになっています。
「何やってんのあんたは!」
妹を厳しく怒鳴りつけ、半紙を取り上げると、引き出しを開けしまおうとしました。
この時、D妹が半紙を出した後、すぐに二段目の引き出しを閉めてしまっていたのが問題でした。
慌てていたのか、D子は二段目ではなく三段目、一番下の引き出しを開けたのです。
ガラッと引き出しを開けたとたん、D子は中を見つめたまま動かなくなりました。
黙ってじっと中を見つめたまま微動だにしません。
「ど、どうした!?何だよ!?」
ここでようやく私達は動けるようになり、二人に駆け寄ろうとした瞬間、
ガンッ!!と大きな音をたて、D子が引き出しを閉めました。
そして肩より長いくらいの自分の髪を口元に運び、むしゃむしゃとしゃぶりだしたのです。
「お、おい?どうしたんだよ!?」
「D子?しっかりして!」
みんなが声をかけても反応が無い。
ただひたすら、自分の髪をしゃぶり続けている。
その行動に恐怖を感じたのかD妹も泣きだし、ほんとうに緊迫した状況でした。
「おい!どうなってんだよ!?」
「知らねえよ!何なんだよこれ!?」
「とにかく外に出てうちに帰るぞ!ここにいたくねえ!」

D子を三人が抱え、私はD妹の手を握り急いでその家から出ました。
その間もD子は、ずっと髪をびちゃびちゃとしゃぶっていましたが、
どうしていいかわからず、とにかく大人のところへ行かなきゃ!という気持ちでした。

その空き家から一番近かった私の家に駆け込み、大声で母を呼びました。
泣きじゃくる私とD妹、汗びっしょりで茫然とする男三人、そして奇行を続けるD子。
どう説明したらいいのかと頭がぐるぐるしていたところで、声を聞いた母が何事かと現われました。
「お母さぁん!」
泣きながらなんとか事情を説明しようとしたところで、母は私と男三人を突然ビンタで殴り怒鳴りつけました。
「あんた達、あそこへ行ったね!?あの空き家へ行ったんだね!?」
普段見たこともない形相に、私達は必死に首を縦に振るしかなく、うまく言葉を発せませんでした。
「あんた達は奥で待ってなさい。すぐみんなのご両親達に連絡するから」
そう言うと母はD子を抱き抱え、二階へ連れていきました。

私達は言われた通り、私の家の居間でただぼーっと座り込み、何も考えられませんでした。
それから一時間ほどはそのままだっと思います。

みんなの親たちが集まってくるまで、母もD子も二階から降りてきませんでした。
親達が集まった頃にようやく母だけが居間に来て、ただ一言、
「この子達があの家に行ってしまった」と言いました。
親達がざわざわとしだし、みんなが動揺したり取り乱したりしていました。
「お前ら!何を見た!?あそこで何を見たんだ!?」
それぞれの親達が一斉に我が子に向かって放つ言葉に、私達は頭が真っ白で応えられませんでしたが、
何とかA君とB君が懸命に事情を説明しました。
「見たのは鏡台と変な髪の毛みたいな…あと、ガラス割っちゃって…」
「他には!?見たのはそれだけか!?」
「あとは…何かよくわかんない言葉が書いてある紙…」
その一言で急に場が静まり返りました。と同時に、二階からものすごい悲鳴。
私の母が慌てて二階に上がり、数分後、母に抱えられて降りてきたのはD子のお母さんでした。
まともに見れなかったぐらい涙でくしゃくしゃでした。
「見たの…?D子は引き出しの中を見たの!?」
D子のお母さんが私達に詰め寄りそう問い掛けます。
「あんた達、鏡台の引き出しを開けて、中にあるものを見たか?」
「二階の鏡台の三段目の引き出しだ。どうなんだ?」
他の親達も問い詰めてきました。
「一段目と二段目は僕らも見ました…三段目は…D子だけです…」
言い終わった途端、D子のお母さんがものすごい力で私達の体を掴み、
「何で止めなかったの!?あんた達友達なんでしょう!?何で止めなかったのよ!?」と叫びだしたのです。
D子のお父さんや他の親達が必死で押さえ、「落ち着け!」「奥さんしっかりして!」となだめようとし、
しばらくしてやっと落ち着いたのか、D妹を連れてまた二階へ上がっていってしまいました。

そこでいったん場を引き上げ、私達四人はB君の家に移り、B君の両親から話を聞かされました。
「お前達が行った家な、最初から誰も住んじゃいない。
 あそこは、あの鏡台と髪の為だけに建てられた家なんだ。
 オレや他の親御さん達が子供の頃からあった。
 あの鏡台は実際に使われていたもの、髪の毛も本物だ。
 それから、お前達が見たっていう言葉。この言葉だな?」
そういってB君のお父さんは紙とペンを取り、『禁后』と書いて私達に見せました。
「うん…その言葉だよ」
私達が応えると、B君のお父さんはくしゃっと丸めたその紙をごみ箱に投げ捨て、そのまま話を続けました。
「これはな、あの髪の持ち主の名前だ。読み方は、知らないかぎりまず出てこないような読み方だ。
 お前達が知っていいのはこれだけだ。金輪際あの家の話はするな。近づくのもダメだ。わかったな?
 とりあえず今日は、みんなうちに泊まってゆっくり休め」
そう言って席を立とうとしたB君のお父さんに、B君は意を決したようにこう聞きました。
「D子はどうなったんだよ!?あいつは何であんな…」と言い終わらない内に、B君のお父さんが口を開きました。
「あの子の事は忘れろ。もう二度と元には戻れないし、お前達とも二度と会えない。それに…」
B君のお父さんは少し悲しげな表情で続けました。
「お前達はあの子のお母さんから、この先一生恨まれ続ける。
 今回の件で誰かの責任を問う気はない。
 だが、さっきのお母さんの様子でわかるだろ?お前達はもうあの子に関わっちゃいけないんだ」
そう言って、B君のお父さんは部屋を出ていってしまった。
私達は何も考えられなかった。
その後どうやって過ごしたかもよくわからない。
本当に長い1日でした。

それからしばらくは普通に生活していました。
翌日から私の親もA達の親も一切この件に関する話はせず、D子がどうなったかもわかりません。
学校には一身上の都合となっていたようですが、一ヵ月程してどこかへ引っ越してしまったそうです。
また、あの日、私達以外の家にも連絡が行ったらしく、あの空き家に関する話は自然と減っていきました。
ガラス戸などにも厳重な対策が施され、中に入れなくなったとも聞いています。
私やA達はあれ以来一度もあの空き家に近づいておらず、D子の事もあってか疎遠になっていきました。
高校も別々でしたし、私も三人も町を出ていき、それからもう十年以上になります。

ここまで下手な長文に付き合ってくださったのに申し訳ないのですが、結局何もわからずじまいです。
ただ、最後に…
私が大学を卒業した頃ですが、D子のお母さんから私の母宛てに手紙がありました。
内容はどうしても教えてもらえなかったのですが、
その時の母の言葉が意味深だったのが、今でも引っ掛かっています。

「母親ってのは、最後まで子供の為に隠し持ってる選択があるのよ。
 もし、ああなってしまったのがあんただったとしたら、私もそれを選んでたと思うわ。
 それが間違った答えだとしてもね」

【洒落怖】【怖い話】裏S区

九州のある地域の話。 
仮だがS区という地域の山を越えた地域の裏S区って呼ばれてる地域の話。 
現在では裏とは言わずに「新S区」って呼ばれてるがじいちゃん、ばあちゃんは今でも裏S区と呼んでる。
まぁ、裏と言うのは良くない意味を含んでる。 
この場合の裏は部落の位置する場所を暗に表してる。 
高校時代は部落差別の講義も頻繁にあるような地域。そこでの話。 
(あくまで体験談&自分の主観の為部落差別、同和への差別の話ではありません) 


今から何年か前に男の子(仮にA)が一人行方不明になった。(結局自殺してたのが見つかったけど) 
俺はS区出身者。彼は裏S区出身者だけどS区の地域にある高校に通ってた。 
まぁ、彼は友人だった。あくまで「だった」だ。 
1年の頃は仲良かった。彼が一人の生徒をいじめるまでは。 
いじめられたのは俺。周りはだれも止めない。止めてくれないし、見てもない。傍観者ですらなかった。 
必死にやめてと懇願しても殴る、蹴る。俺は急に始まったから最初はただの 
喧嘩と思い殴りあったが、彼の体格と俺のでは全く強さが違う。 
でも、次の日も急に殴ってきた。意味も無く。理由を聞くも答えない。 
薄っすらと笑ってたからもう兎に角怖かった。 

ある日いきなりAが学校に来なくなった。俺はかなりうれしかった。 
でも、もうその状況では誰も俺に話かける奴はいなかった。初めての孤独を味わった。 
多数の中に居るのに絶対的な孤独だった。それからAが3週間学校を休んだある日、先生が俺を呼び出した。 
ここからは会話 

先生「お前Aと仲良かっただろ?」 
俺 「いえ・・。」 
先生「う~ん・・・。お前Aをいじめてないか?」 
俺 「はい??え?俺が??それともAが俺を???」 
先生「いや、お前が。大丈夫誰にも言わんから言ってみろ。問題にもせんから」 
俺 「いや、俺がですか???」 

このときは本当に意味が分からなかった。先生の中では俺がいじめてることになってるし。 
で、俺は本当のことを言うことにした。 

俺 「本当は言いたくなかったけど、俺がいじめられてました・・。皆の前で殴る蹴るの暴力を受けてましたし・・・。」 
先生「本当か??お前が??他の生徒も見てたか??」 
俺 「見てましたよ。っていうか何で先生は俺がいじめてるって思ったんですか?誰かが言ったんですか?」 
先生「いや・・・。いや、何でも無い。」 


先生の態度がこの時点で明らかにおかしい。何故か動揺してる感じ。それから数分二人とも無言。 
その数分後にいきなり先生が言い出した。 

先生「Aがな、休んどるやろが?なしてか分からんけど、登校拒否みたいな感じでな家に電話しても 
   親がでておらんって言うてきるんよ。」 
俺 「・・・。」 
先生「そんでな、昨日やっとAと連絡とれて、色々聞いたんよ。そしたらAが言ったのがお前が怖いって言うんよ。」 
俺 「はい??俺が???」 
先生「う~ん・・・。そうなんよ。お前が怖いって言って聞かんのよ。」 
俺 「いやいや、俺が?逆ですけどね。俺はAが怖いし」 
先生「ほうか、いや、分かった。もっかい聞くけどお前はいじめてないな?」 
俺 「はい。」 

って言うやりとりの後解放されて、自宅に帰った。 

実際のイジメって多人数を1人でイジメルものだと思ってた。中学生の時にイジメを 
見たことあったからそのときのイメージをイジメだと思ったし、よく聞くイジメも 
大体が多人数が1人にお金をたかる、トイレで裸にする。こういうことをすることだと 
思ってた。まさか、たった一人の人間がたった1人の人間をイジメルのに先生まで巻き込み 
俺一人だけをのけ者にしようとしてるとは思わなかった。 
生まれて初めて人に殺意を抱いた。ぶん殴るとかじゃなく、ぶっ殺したい。って本気で思った。 

その次の日から俺は学校を休んだ。行く気にはなれんし、行っても一人だし。と思って。 
ただ、この登校拒否中にありえないものを見てしまい、俺はちょっと頭がおかしくなりかけた。 
起こったのは、「飛び降り自殺」 
俺の住んでたマンションから人が飛び降りた。たまたまエレベーターホールでエレベーター待ちだった 
俺の耳に「ギぃーーーーー」って言う奇怪な声と、その数秒後に「どーーーーん!」っていう 
音。 
そのどーんっと言う音は自転車置き場の屋根に落ちたらしいのだが、それを覗き見たときは本当に吐き気と涙がボロボロ出た。
これはただの恐怖心からなんだが、でもイジメにあっていた俺にはとてつもなく多きな傷だった。
これは本当にトラウマになっていて今でもエレベーターに乗れなくなった。
会社とかにある建物の中にある奴はまだ何とか乗れるが、 
マンションにあるような外の風景が見えるものには全く乗れなくなった。 
なぜならこのときに絶対ありえないものを見たから 

自転車置き場を見下ろしてた俺が前を向きなおした瞬間に螺旋階段が見えた。 
そこに下に落ちてる人間と全く同じ服で髪型(これは微妙で下にあるモノとは異なってたようにも見える) 
のニンゲンが立ってた。これは多分見てはダメだったんだと思う。
螺旋階段を下に向かってゆっくり 
降りていってたんだ。すごくゆっくり下を向いたまま歩いてた。下にあるものと瓜二つのニンゲンが。 
ここでエレベーターが来たときの合図の「ピン」って音が鳴ったんでビク!ってなり後ろを振り向いた。 
そこにも居た。と思う。多分いたんだろう。でも良く覚えてない。
今考えれば居たのか?と思うけどそのときは居たって思ってた。
「ピン」の音に振り返った瞬間にどーんって再度聞こえたんだ。 
でも、今度の音はエレベーターの中から。どーん、どーーん。どーーーん。どーーーーん。って 
俺はもう、発狂状態になってそれから倒れたみたい。 

直ぐに病院に連れて行かれた。見たもの、聞いたものを全て忘れるように医者から言われて薬も 
処方されてそれから1週間は「うぅぅ」ってうめき声を上げてるしかなかった。 
1週間過ぎぐらいにはだいぶ良くなっていたのだけど、本当は親や医者をだましてた。 
よくなってなんか無かった。寧ろそのときからその「どーん」って音はずっと着いて廻ってた。 

その後、学校に行こうと思いだしたころにAの存在を思い出した。俺がそもそもこんな事になったのもAのせいだ。
あいつがあんなイジメをしなければこんな目にもあわなかった。
アイツは俺をこんな目にあわせる様な奴だから居なくなればいい。そうだ、この「どーん」って言う音に頼もう。 
って本気で思ってた。俺は本当におかしくなってたんだと思う。本気でこの「音」の主に 
お願いしてた。 

次の日に学校に行った俺は昼休みの時に早退したいと先生に言った。先生も俺がどういう状況かを 
知っていたからすぐにOKを出してくれた。Aはその日も休みだった。 
その帰りがけに先日部落差別を無くそうという話を学校でしていた(講義で)、おじさんに出会った。 
そのおじさんはAのおじさんに当たり何度か会って話したこともあった。
だけどそのおじさんが俺を見た後からの様子や態度が 
明らかにおかしい。最初見かけた時は普通に挨拶をしたのにその後俺を二度見のような感じで見て 
いきなり、「あ~・・・。」とかいいだした。
俺は「こいつもAに何か言われてんのか?」って感じで 
被害妄想を爆発させて怪訝な態度のこのおじさんを無視して横切っろうとしてた。 
そのときに急にそのおじさんがブツブツブツブツお経のようなものを唱え始めた。 
俺はぎょっ?!っとして、そのおじさんを見返した。いきなり、あって「あ~」などと 
わけのわからない態度を取り出し、それだけならまだしも俺にお経を唱えたのだ。 

生まれて初めて自分から人をぶん殴った。
言い訳がましいけど精神的におかしかったから殴る事の善悪は全くなかった。ただ、苛々だけに身を任した感じ。
いきなりでびっくりしたのかそのおじさんもうずくまって 
「うぅ。。」って言ってたが無視して蹴りを入れてた。Aの親戚ってだけでも苛々してたのもあり、 
「こら、お前らの家族は異常者のあつまりか?人を貶めるように生きてるのか??お前差別をどうの 
こうの言ってたが自分がする分にはかまわんのか?あ~??何とか言えや。こら!お前らは差別される 
べき場所の生まれやけ、頭がおかしいんか?」って感じでずっと蹴り続けてた。でも、ここで再度予想外のことが起きた。 
以下会話。 

おじさん「ははははははははは」 
俺 「!?なんか気持ち悪い。いきなり笑い始めやがって!」 
おじさん「あははははは。お前か、お前やったんか。はははは」 
俺 「??まじ意味分からん、なんがおかしいんか?」(未だ蹴り続けてたけどこの時は大分蹴りは弱くなってる。) 
おじさん「ははは、やっと会えたわ。はははそりゃAも****やなー。ははは」(何を言ってるのか意味不明。) 
俺 「は???お前ら家族で俺をイジメようてしよったんか?」(この辺りで怖くなって蹴らなくなってた) 
おじさん「おい、お前がどうしようが勝手やけど、○○←俺の名前 が痛がるぞ。アニキは許しても俺は見逃さんぞ」 
俺 「は???マジでお前んとこはキチ○イの集団なんか?おい?」 
おじさん「○○君、ちょっと黙っとき。おじさんが良いって言うまで黙っとき」 
俺 「いや、意味わから・」「どーーーーーん」 

いきなり耳元で音が鳴った。俺はビクってして振り返ったら目の前にのっぺりとした 
細面の顔が血だらけのままピクピクしながら笑ってた。俺はまた、発狂した。 
この顔の見え方がかなり異常で、通常ニンゲンの顔を見る場合に半分だけ見えるって言うのはありえない。
でもこの目の前の顔は、例えていうとテレビ画面の中にある顔がカメラのせいで半分だけ途切れてて半分は見えてる状態。 
その瞬間にAのおじさんに力いっぱい殴られて、意識を失った。 

起きた時に、俺は家の自分の部屋ではなくてリビングの隣の両親の寝室で寝かされてた。 
時間を見たら20時。リビングからの明かりが漏れてて両親が誰かと話しをしてた。 
俺が起き上がり、寝室のドアを開けてその人物を見たときにすぐに飛び掛った。 
AのおじさんとAの叔母に当たる人がそこに座って両親と話てたから、それを見た瞬間にもう、飛び掛ってた。
直ぐに親父に抑えられてたけど俺は吼えてたと思う。 
Aのおじさんは「ごめん、本当に悪かったね」を繰り返してたけど、どうしても許せなくて 
親父の腕の中でもがいてた。母親がイキナリ俺の頬をひっぱたいて、「あんたも話しを聞きなさい!」 
とか言い出してたけど、俺はもう、親にまで裏切られた感じがして家を飛び出そうとして 
親父の手から抜け出し、自分の部屋に向かい上着とサイフをとった。
が、上着を羽織ろうとした瞬間に上着の腕の中に自分以外の手があった感触がして再度叫んだ。 
両親とAのおじ、叔母が直ぐに来て、Aの叔母がブツブツ言いながらお経みたいなものを唱え始めだして 
おじが俺の服を掴んで踏み始めた。親父は青ざめてそれを見てて、母親は一緒に手を合掌して俺を見てた。
この時は、マジで自分が狂人になったのかと思った。 

数分後俺も落ち着いてきて、両親とAのおじ、おばと共にリビングへ向かった。 
それまでの短い時間、Aのおじさんはずっと俺に謝ってた。 
それからのリビングでの話しは今でも忘れられないしそこで再度起こったことも 
忘れられない。以下会話(Aのおじさん=Bさん、Aのおばさん=Cさん とする) 
Bさん「本当に、殴ってしまってごめんな。」 
俺 「いや、いいです。こちらも苛々してましたのですみません。」 
親父「ん?お前なんかしたんか?」 
俺 「いや、俺がBさんを殴ってしまった。」 
Bさん「あ、いや、それは俺が○君を見ていきなりお経とか唱えたから嫌な気がしたんやろ? 
    ○君のせいじゃないわ。俺がいきなりすぎたんがいけんかったやから」 
親父「申し訳ございません、それは聞いてなかったので」 
俺 「え?なんの話をしよん?俺がBさんを殴ってBさんがいきなり」 
  ここまで言って気絶前の事を思い出した。 
俺 「あれ??俺気絶する前にナニカ見たわ・・・」 
Bさん「うん、そやろな・。俺は○君みて直ぐに気づいてなぁ。何かおるって、それでお経を唱えたんよ」 
母 「大丈夫なんですか?何かって何ですか?」 
Cさん「えっとね、私らが住んどる地域がなんで裏S区って言われるか知っとる?」 
親父「えっと、失礼かもしれませんが、差別的な意味ですよね?」 
Bさん「それはそっちだけの認識やな、じいさん、ばあさんによう言われたやろ?裏Sには近寄るなて」 
親父「言われましたね。でもそれは部落差別的なもんやと思ってましたけど、違うんですか?」 
Bさん「いや、そうや。そうなんやけど、差別があるけ言うても今も言い続けよるんは裏Sの歴史が 
    ちと異常なんや。」 
親父「いや、私も妻も生まれはS区やからその辺は分かってますけど、部落とか集落系での差別って 
   どっこも同じようなものでしょ?だから、異常っていうのはわかります。」 
Bさん「はは。そうやろ?そういう風にとらわれてしまってるんやな。裏S区は部落やからって事でも 
    他国のモンの集まりでもなく昔からこの地域に住んでたモンの集まりなんや。」 
親父「はい。ただ、違いが私にはちょっと・・。」 
母 「あれですか?あの鬼門がどうのとかって言う話ですか?」 

Bさん「ん?鬼門の話か。まぁ、そんな感じなんやろうけど、裏Sにうちと同じ苗字が多いやろ?」 
母「はい。多いですね、A君とことBさんの家は親戚やから当たり前やけど、それにしても多いですね、 
  S区には全然いないのに裏S出身者では結構みかけますしね」 
Bさん「あの辺は昔から霊の通り道って言われとんな。ナメ○○○(なんて言ったかは不明)とかそんなの聞いたことないですか?」 
親父「いや、名前はしらないですけど、聞いたことはあります」 
Bさん「まぁ、その地域はそういう地域でして、うちらの家系はほとんどが霊感があるっていわれてたんですね。 
    それが原因で発狂する奴もおれば、いきなり何するかわからんって感じでいつの間にかそういう集落、 
    部落になっていき差別されるようになったんですわ。 
母 「でもそれやと裏S区はかなり広いからおかしくないですか?Bさんとこの家系だけで裏S区自体が 
   そういう風にわかれるますかね?」 
Bさん「うん、わかれるんやろうな。最初は3,4の家のもんが発狂し始めてて、でも、それが村中で始まって 
    ってなってって最終的に4,50件も起きれば、その周辺全体がおかしいって思われるやろうし 
    昭和の時代にそんなアホみたいな話を信心深く聞く人間が少なくなってきてるしな」 
親父「それでも、それで部落になるんかなぁ。」 
Cさん「まぁ、うちらの家系ではそう教わっとるんです。だから生まれてきた子らには霊が見えるってことを 
    前提に接しとる。見えん子もおるやろうけど、霊は居るって教えとるんですよ」 
俺 「いや、それと俺が体験しとるのとBさんの話と何が関係するんですか?」 

Bさん「○君。最近Aの様子がおかしくなかった?いきなり学校休んでるのは置いといてそれ以外に 
   なんかおかしいことなかった?」 
俺 「最近っていうか、わからん。急に殴りかかってきたりしてたけど。」 
Bさん「急にか、なんも言わんかったか?」 
俺 「いや、急に。意味わからんし。あ!そういうことか。Aが急に異常になったってこと? 
   霊が見え初めて発狂し始めたんっすか?」 
Bさん「いや、Aはまともや。でも何をすればいいかわからんかったよ」 
俺 「は?まともじゃないっすよ。あいついきなり殴り始めたし、しかも笑いながら。皆怖がって 
   俺を助けようともせんかったし」 
Bさん「○君、殴られたときに怪我するようなこと受けてないやろ?いや、殴る事自体は悪いことやから 
   庇ってるんじゃなくてな。うちの家系での霊を見つけたときの対応は笑う事なんよ。やけん、異常者 
   に見られることもあるけど、普通は無視してるんやけどな。」 
母 「ってことは、○に霊がついてたって事ですか??」 
Cさん「うん、今も憑いてる。それと○君ベランダに誰か見える?」 
俺「はい??なんですか?ベランダですか?」 

ここで俺は気絶するまえに見たモノとは別のものを見て発狂しそうになった。 
Cさん「大丈夫。絶対にココには入れんから。」 
親父「え?なにがですか?」 
親父には見えてないし、もちろん母にも見えてない。 
Bさん「あ、いえ。それでね○君にはちょっと憑いてるんや。」 
俺 「あ、あれか。。。飛び降りの奴みてしまったからか。。」 
Bさん「いや、ちがうよ。あれは多分たまたま。本当に偶然。でもその偶然がベランダの奴で 
  それ以外についちゃだめな奴が憑いとる。」 
俺「 え?」 
Bさん「うん、それがついちゃだめなんよ。厳密に言うと霊とかじゃなく、うちの家系では×××× 
   って言うんよ。それを言葉には出しちゃだめですよ。すぐ移るから」(両親を見て) 
母「××××」(なんて言ったか忘れた・・・、バラ??なんとかだったけど不明。) 
俺「!?」母「これで私についたけん○は大丈夫でしょうか?」 
Bさん「いや、そういうもんでもないけど、本当にそれは言わないでください」 
母「息子が困るのは一番いやですから」 
Bさん「多分、それをするともっと困ります」 
俺「もう、やめていいよ。っていうかなんなん?俺が霊に呪われててAはそれみて俺をなぐってたん? 
  でも、それはおかしいやろ。そんなんします?普通。っていうか、笑いながら殴ったらいいん?霊が 
  追い払えるん?」(ちょっと困惑しててまくしたてた) 
Cさん「ごめんね、そういう風にしか教えてなかったからやったんやろうね」 
Bさん「お払いするときにはな、絶対に笑いながら相手を追い出すんよ。こっちは余裕だ、お前ごとき 
  って感じで。んで憑かれてる者を叩くと憑いてるものが逃げ出すって感じなんよ。もちろんお経やったり 
  お呪いやったりが必要なんやけど、あいつは見様見真似でやってしまったんやろうな」 
俺「でも、あいつ蹴ったりもしたし」 
Bさん「うん、それは行き過ぎやな。でも、Aが学校休んでる理由は○君が怖いって。まぁ、○君に憑いてる者が 
   怖いってことなんやけどな。」 


それから数分そういう話をした後にCさんが御祓いすつための道具を駐車場に取りにいって、Bさんが 
俺を守る形で周りを見張ってた。その後準備が整い、御祓いが始まったけど、今まで見たどの御祓い方法 
よりも異常だった。神社のような御祓いでもなくお寺のようにお経を唱えながら木魚を叩いてるわけでも 
無い。ただただ笑いながらお経を読んでる感じ。
そのお経もお経という感じではなくブツブツブツブツを繰り返してて小声でただ話してるような感じだった。
それから何度か手を叩かれたり、頭を払われたりした。 
それが終了してBさんが、「もう大丈夫」と俺に言いCさんが「もう見えないでしょ?」っていうのでベランダを恐る恐るみてみたが何も無かった。 

次の日から俺は普通通りに学校に行くようになった。(ただし、エレベーターは一人で乗ることが出来ない 
ためいつも親と一緒に乗ってた・・・。) 
ただし、この日Aに異常が起きたらしく、その日の夜に「Aが居ないんだけど○君の家に行ってないか」という連絡 
がAの父親からあり、次の日からBさんやAの両親が捜索願いを出して探してたらしいが、家に家出をするといった感じの 
手紙が置いてあり家出人の捜索のため警察が捜索をするということは無かったらしい。 
Aの親が電話をしてきた理由は、その手紙に俺の名前が何個も書かれていたこと。が起因らしい。 
俺は霊がのりうつってたからと言う理由があったからと言ってAを許してはなかったから 
どうでもいいって思ってた。 
Aが行方不明になって3日目の朝にどーーーん!っていう音が聞こえて起きた。 
俺はもう、そんなことがないと思ってたから本当に汗がびしょびしょになり直ぐに親の部屋に逃げこんで 
少したって夢での出来事だったことに気付いた(というかそういう風にした) 
ただ、その日にAが飛び降り自殺をしており時間帯も朝方であったと聞いてその夜から怖くなってきて一人で寝ることが出来なくなった。
遺書が見つかって居る事から自殺で間違いないようで、遺書の中に俺宛の部分があり 
「ごめん、本当にわるかったね。多分俺らの家系は部落でちょっと頭がおかしい家系が多いんやと思う。 
自分の家系のせいにしたくないけどお前を殴ったのは本当に悪かった。ごめん。」って書かれてた。 

それからその次の夜にお通夜があり俺も両親とともに行ったのだが、俺はすごく嫌がってた。
ただ親が「一応供養だけはしとかな変なことあったら嫌やろ?」って言うので仕方なく行くことになった。 
お通夜もかなり変わっており、通常のお通夜とちがい遺影など無くその代わりに紙にAの名前が書いており 
それを御棺の側面にびっしり貼り付けていて、近づくのも嫌になるような不気味さを漂わせてた。 
Bさん曰く「写真を置くと写真の顔が変形するんだよ、それを見るのが耐えれないほどの奇怪なモノだから 
この地域ではこういうやり方でやるんだ。名前の書いた紙をびっしり貼ってるのはコイツはAだ。××××では 
ないんだ、っていう証なんだ」との事。(本当に意味不明、奇怪すぎる内容にひいた。) 
その時Aの父親が俺に話かけて来て「迷惑かけてごめんね。」とAが家出したときに書いた手紙と遺書を見せてきた。 
遺書の部分は上記の通りだが、この時は本当は見たくなかった。 
家出をした際に書かれた手紙には「○←俺の名前 にあいつが憑いてたんだけど、ずっと俺を殺そうと見張ってる。 
おじさん(Bさんのこと)が○のあいつを御祓いしたからもう大丈夫って言ってたけど、あいつは俺に来たみたい。
でも、おとうさんはあいつを御祓いできないだろうし、おかあさんの家に行ってきます 
行く道であいつがついてきたら、他に行ってみるね。」とあった。 
Aの両親は別居中だったためAは母親方の実家に向かったらしかったがそのまま行方不明になったらしい。 
ただ、何故か警察は家出だと言って行方不明というよりは家出人としてしか扱わなかったそうだ。 

それは本当に見なかったほうが良かったって思った。あいつとか書かれてるし、意味も不明なので 
その日までの現実離れした出来事をかなり思いだされて怖さで震えてきた。Aの自殺した時間が 
朝方だったことも怖さをましてココには居たくないって本気で思った。 
俺がおかしかったんじゃなく、こいつらが異常だって思った。
お経も無く変な平屋のような場所に棺桶が置かれておりびっしりとAの名前が書かれた札を貼っていて、
その挙句親戚の何人かは笑っているのである。
韓国だかどこかで泣き子といって泣くだけの為に葬式に参加してるってやつがいるって 
気味の悪い話も聞いたことがあるけど、この集落に伝わる葬式も気味が悪いを通り越して異常でしかなかった。 
うちの両親もさすがにこの状況は怖かったらしく、「もう、かえるか」と挨拶も早々に切り上げた。 


それから数日後にBさんが両親に言ったのが俺に憑いてたのはAのおばあさん(つまりBさんの母親)が 
××××になって(霊だろうけど、そうは言わなかったので)憑いてたとのこと。
もう、そんな話はどうでも良いから聞きたくも無かったけど、聞いといてとの事なので聞かされた。 
飛び降り自殺をしたニンゲンも裏S区出身者で××××に追いかけられてた事。俺に取り憑いた理由は 
わからないが、以前Aの家に行った時についたのかもとの事。等を聞かされた。 
そこで俺も怖いと思ってたことを2つ聞いた。 
1つ目はBさんに殴られる前に見た 顔 
2つ目は飛び降りしたはずの人間が階段に居て下の遺体のもとに駆け寄ろうとしてたがアレは何なのか 

そうするとBさんは 
2つ目については「死んだ人間は死んだことを分からない事が多い。 
だから下に自分が居たので取りに行こうとしたんじゃないかな」との事。 
ただ、そこで邪魔をされると呪いをかけようとするとの事。 
ここで俺は邪魔をしてないと口を挟んだところ、 
「お前、エレベーターを呼んだだろ? 
「ピン」って音が邪魔なんだよ。」ってBさんの口調がかなり強い言い方に変わった。 
本当に飛び跳ねそうになった。俺の両親もかなりびびってきてた。 
Bさんはその口調のままいった。 
「お前なぁ、見ちゃだめだろ?俺はいいがお前はだめだろ?見んなよ。俺をみんなよ。 
なぁ?おい。聞いてるか?おい?」って感じで。さすがに親父が怒って 
「何言ってんだ?怖がらせてどうする!」というとBさんがビクンってなって、 
「あ、ごめんなさい。もうしわけない、ちょっと来てたので聞いてみようと思ったんです、もうしわけない」 
って言い出して口調を戻した。 
「見てはダメだったと言っても見たくて見たんじゃないから、もういいだろ?な。」と自問自答を繰り返し 
その後俺に向かって「もう、絶対に大丈夫、本当に申し訳なかった。この亡くなった奴も××××に 
追いかけられてて、○君にのりうつってたあいつに怒ってしまって、○君のとこに着たみたい」 
との事 

1つ目の質問については 
「それが××××」との事(この名前はもしかしたら日本語とかでは無いか、もしくは方言なのかなぁ 
とこのときに思った。) 
そしてAのおばあさんが××××になってしまった。でもAの父親が自分の母を消すのは心許ないとの 
事で御祓いを避けてたとの事。ただしAが亡くなってしまったため流石にもう腹を決めたらしく 
御祓いを昨日済ませたとの事。等を聞いた。 
そしてBさんが帰るとの事だったので玄関で見送りした 


Bさんが玄関を出た直後に、いきなりBさんの笑い声が聞こえた。 
「あはははははは。ははははは」 
って。 
俺はびくっ!ってなり膝から崩れた。親父は「やっぱりあそこの連中はおかしいわ」と怖さからか 
それとも本当に怒ってるのか怒鳴る感じでそういってた。 
母は「もう、あの人らに関わるのはやめようね」と言い出して涙目になってた。 
あんな話をしてて、笑いながら御祓いすると聞いてても流石に家を出た瞬間に 
あんな笑い声を張り上げている奴を同じ人種とは思えない。 
「あはははははははは」と笑っててその声が聞こえなくなって初めて三人とも動けるようになり、リビング 
に戻った。俺が「あいつらはおかしいよ、絶対異常やって。っていうかあいつエレベーターで帰ったんやろうか?」 
と言ったら、親父が「あいつとか言うな、一応年上やろうが。はぁ。。。もう、関わらんようにしとけ」と 
言って鍵を閉めに行った。 
その直後に「はやくかえれ!!」っていう怒鳴り声が聞こえて 
心臓が止まりかけた。母親も「ひぃ」ってなってた。 
親父が鍵を閉める前に夕刊が郵便受けに入っており、それを中から取ろうとしたら 
上の部分に引っ掛ってしまっており外から取ろうとしたらしい。
しかし、Bさんがまだエレベーターホールでニヤニヤしてたらしい。親父はぶち切れてて「警察よぶぞ!」 
とか言い出しており(怖かったんだと思う)横の家の人とかも出てきて、Bさんは 
「え、い、いや、今帰ろうとしてたとこです。え?なんですか?」とか言ってたらしい。 
言った瞬間に又ケタケタと笑い始めてエレベーターに乗って帰ったらしい。 
(親父が「塩まけ。塩!」と言い出し狂ったように塩をまいていたので隣人からしたら親父も異常にみえたかも。) 

その後両親と一緒に有名な神社に行って御祓いを受けて、家を引っ越した。 
S区からは移動してないため同じ学校の地域だったが俺は他の地区の学校に転入をしてもらい
それ以降は一切裏S区には近づいていない。 
今は新S区と名前を変えてるが地域性自体は変わってないようであり、 
従兄弟の通うS区の学校では、未だに同和教育があり地域は言わないものの差別的な事が現実にあると教えてるとの事。
しかしアクマで部落、集落への差別としか言わず、裏S区の事情、情報は皆無で裏S区と呼ぶと教師が過敏に反応し新S区だ。
と言い直したりとかも 
するそうである。(これは九州特有の人権主義、日教組等によるものだと思うけど。) 
Bさんに関しては一切関わりを絶っているため今はどうなってるかは不明。 

うちの両親はこの事件までは裏S区に関しての差別意識は皆無だったが、これ以降は 
かなり毛嫌いしており、その地域の人達との関係をかなり制限してる。 
俺はそれ以降霊的な出来事は皆無だけど、エレベーターだけは一人で乗れず 
はずかしながら一人で寝ることも出来ないので妻にすごく馬鹿にされている状態。 
終った直後の頃はトイレに行くときも親を起こして(高校生なのに。。。)一々行ってた位に 
心身が恐怖で埋まってた。俺に関しては裏S区の出身と聞くと差別というよりも恐怖だけが全身を駆け巡り話も出来なくなる。 

【洒落怖】【怖い話】八尺様

親父の実家は自宅から車で二時間弱くらいのところにある。 
農家なんだけど、何かそういった雰囲気が好きで、高校になってバイクに乗る 
ようになると、夏休みとか冬休みなんかにはよく一人で遊びに行ってた。 
じいちゃんとばあちゃんも「よく来てくれた」と喜んで迎えてくれたしね。 
でも、最後に行ったのが高校三年にあがる直前だから、もう十年以上も行っていないことになる。 
決して「行かなかった」んじゃなくて「行けなかった」んだけど、その訳はこんなことだ。 

春休みに入ったばかりのこと、いい天気に誘われてじいちゃんの家にバイクで行った。
まだ寒かったけど、広縁はぽかぽかと気持ちよく、そこでしばらく寛いでいた。そうしたら、 

「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ…」 

と変な音が聞こえてきた。機械的な音じゃなくて、人が発してるような感じがした。
それも濁音とも半濁音とも、どちらにも取れるような感じだった。 
何だろうと思っていると、庭の生垣の上に帽子があるのを見つけた。
生垣の上に置いてあったわけじゃない。
帽子はそのまま横に移動し、垣根の切れ目まで 
来ると、一人女性が見えた。まあ、帽子はその女性が被っていたわけだ。 
女性は白っぽいワンピースを着ていた。 

でも生垣の高さは二メートルくらいある。その生垣から頭を出せるってどれだけ背の高い女なんだ… 
驚いていると、女はまた移動して視界から消えた。帽子も消えていた。 
また、いつのまにか「ぽぽぽ」という音も無くなっていた。 


そのときは、もともと背が高い女が超厚底のブーツを履いていたか、踵の高い靴を履いた背の高い男が女装したかくらいにしか思わなかった。 

その後、居間でお茶を飲みながら、じいちゃんとばあちゃんにさっきのことを話した。 
「さっき、大きな女を見たよ。男が女装してたのかなあ」 
と言っても「へぇ~」くらいしか言わなかったけど、 
「垣根より背が高かった。帽子を被っていて『ぽぽぽ』とか変な声出してたし」 
と言ったとたん、二人の動きが止ったんだよね。いや、本当にぴたりと止った。 

その後、「いつ見た」「どこで見た」「垣根よりどのくらい高かった」 
と、じいちゃんが怒ったような顔で質問を浴びせてきた。 
じいちゃんの気迫に押されながらもそれに答えると、急に黙り込んで廊下にある電話まで行き、どこかに電話をかけだした。
引き戸が閉じられていたため、何を話しているのかは良く分からなかった。 
ばあちゃんは心なしか震えているように見えた。 

じいちゃんは電話を終えたのか、戻ってくると、 
「今日は泊まっていけ。いや、今日は帰すわけには行かなくなった」と言った。 
――何かとんでもなく悪いことをしてしまったんだろうか。 
と必死に考えたが、何も思い当たらない。あの女だって、自分から見に行った 
わけじゃなく、あちらから現れたわけだし。 

そして、「ばあさん、後頼む。俺はKさんを迎えに行って来る」 
と言い残し、軽トラックでどこかに出かけて行った。 

ばあちゃんに恐る恐る尋ねてみると、 
「八尺様に魅入られてしまったようだよ。じいちゃんが何とかしてくれる。何にも心配しなくていいから」 
と震えた声で言った。 
それからばあちゃんは、じいちゃんが戻って来るまでぽつりぽつりと話してくれた。 

この辺りには「八尺様」という厄介なものがいる。 
八尺様は大きな女の姿をしている。名前の通り八尺ほどの背丈があり、「ぼぼぼぼ」と男のような声で変な笑い方をする。 
人によって、喪服を着た若い女だったり、留袖の老婆だったり、野良着姿の年増だったりと見え方が違うが、女性で異常に背が高いことと頭に何か載せていること、それに気味悪い笑い声は共通している。 
昔、旅人に憑いて来たという噂もあるが、定かではない。 
この地区(今は○市の一部であるが、昔は×村、今で言う「大字」にあたる区分)に地蔵によって封印されていて、よそへは行くことが無い。 
八尺様に魅入られると、数日のうちに取り殺されてしまう。 
最後に八尺様の被害が出たのは十五年ほど前。 

これは後から聞いたことではあるが、地蔵によって封印されているというのは、八尺様がよそへ移動できる道というのは理由は分からないが限られていて、その道の村境に地蔵を祀ったそうだ。
八尺様の移動を防ぐためだが、それは東西 
南北の境界に全部で四ヶ所あるらしい。 
もっとも、何でそんなものを留めておくことになったかというと、周辺の村と何らかの協定があったらしい。例えば水利権を優先するとか。 
八尺様の被害は数年から十数年に一度くらいなので、昔の人はそこそこ有利な協定を結べれば良しと思ったのだろうか。 


そんなことを聞いても、全然リアルに思えなかった。当然だよね。 
そのうち、じいちゃんが一人の老婆を連れて戻ってきた。 

「えらいことになったのう。今はこれを持ってなさい」 
Kさんという老婆はそう言って、お札をくれた。 
それから、じいちゃんと一緒に二階へ上がり、何やらやっていた。 
ばあちゃんはそのまま一緒にいて、トイレに行くときも付いてきて、トイレのドアを完全に閉めさせてくれなかった。 
ここにきてはじめて、「なんだかヤバイんじゃ…」と思うようになってきた。 

しばらくして二階に上がらされ、一室に入れられた。 
そこは窓が全部新聞紙で目張りされ、その上にお札が貼られており、四隅には盛塩が置かれていた。 
また、木でできた箱状のものがあり(祭壇などと呼べるものではない)、その上に小さな仏像が乗っていた。 
あと、どこから持ってきたのか「おまる」が二つも用意されていた。これで用を済ませろってことか・・・ 

「もうすぐ日が暮れる。いいか、明日の朝までここから出てはいかん。俺もばあさんもな、お前を呼ぶこともなければ、お前に話しかけることもない。
そうだな、明日朝の七時になるまでは絶対ここから出るな。七時になったらお前から出ろ。家には連絡しておく」 

と、じいちゃんが真顔で言うものだから、黙って頷く以外なかった。 
「今言われたことは良く守りなさい。お札も肌身離さずな。何かおきたら仏様の前でお願いしなさい」 
とKさんにも言われた。 

テレビは見てもいいと言われていたので点けたが、見ていても上の空で気も紛れない。 
部屋に閉じ込められるときにばあちゃんがくれたおにぎりやお菓子も食べる気が全くおこらず、放置したまま布団に包まってひたすらガクブルしていた。 

そんな状態でもいつのまにか眠っていたようで、目が覚めたときには、何だか忘れたが深夜番組が映っていて、自分の時計を見たら、午前一時すぎだった。 
(この頃は携帯を持ってなかった) 

なんか嫌な時間に起きたなあなんて思っていると、窓ガラスをコツコツと叩く音が聞こえた。
小石なんかをぶつけているんじゃなくて、手で軽く叩くような音だったと思う。 
風のせいでそんな音がでているのか、誰かが本当に叩いているのかは判断がつかなかったが、必死に風のせいだ、と思い込もうとした。 
落ち着こうとお茶を一口飲んだが、やっぱり怖くて、テレビの音を大きくして無理やりテレビを見ていた。 

そんなとき、じいちゃんの声が聞こえた。 
「おーい、大丈夫か。怖けりゃ無理せんでいいぞ」 
思わずドアに近づいたが、じいちゃんの言葉をすぐに思い出した。 
また声がする。 
「どうした、こっちに来てもええぞ」 

じいちゃんの声に限りなく似ているけど、あれはじいちゃんの声じゃない。 
どうしてか分からんけど、そんな気がして、そしてそう思ったと同時に全身に鳥肌が立った。 
ふと、隅の盛り塩を見ると、それは上のほうが黒く変色していた。 

一目散に仏像の前に座ると、お札を握り締め「助けてください」と必死にお祈 
りをはじめた。 

そのとき、 

「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽ…」 

あの声が聞こえ、窓ガラスがトントン、トントンと鳴り出した。 
そこまで背が高くないことは分かっていたが、アレが下から手を伸ばして窓ガラスを叩いている光景が浮かんで仕方が無かった。
もうできることは、仏像に祈ることだけだった。 

とてつもなく長い一夜に感じたが、それでも朝は来るもので、つけっぱなしの 
テレビがいつの間にか朝のニュースをやっていた。画面隅に表示される時間は確か七時十三分となっていた。 
ガラスを叩く音も、あの声も気づかないうちに止んでいた。 
どうやら眠ってしまったか気を失ってしまったかしたらしい。 
盛り塩はさらに黒く変色していた。 

念のため、自分の時計を見たところはぼ同じ時刻だったので、恐る恐るドアを 
開けると、そこには心配そうな顔をしたばあちゃんとKさんがいた。 
ばあちゃんが、よかった、よかったと涙を流してくれた。 

下に降りると、親父も来ていた。 
じいちゃんが外から顔を出して「早く車に乗れ」と促し、庭に出てみると、どこから持ってきたのか、ワンボックスのバンが一台あった。そして、庭に何人かの男たちがいた。 

ワンボックスは九人乗りで、中列の真ん中に座らされ、助手席にKさんが座り、 
庭にいた男たちもすべて乗り込んだ。全部で九人が乗り込んでおり、八方すべてを囲まれた形になった。 

「大変なことになったな。気になるかもしれないが、これからは目を閉じて下を向いていろ。
俺たちには何も見えんが、お前には見えてしまうだろうからな。
いいと言うまで我慢して目を開けるなよ」 
右隣に座った五十歳くらいのオジさんがそう言った。 

そして、じいちゃんの運転する軽トラが先頭、次が自分が乗っているバン、後に親父が運転する乗用車という車列で走り出した。
車列はかなりゆっくりとしたスピードで進んだ。おそらく二十キロも出ていなかったんじゃあるまいか。 

間もなくKさんが、「ここがふんばりどころだ」と呟くと、何やら念仏のようなものを唱え始めた。 

「ぽっぽぽ、ぽ、ぽっ、ぽぽぽ…」 

またあの声が聞こえてきた。 
Kさんからもらったお札を握り締め、言われたとおりに目を閉じ、下を向いていたが、なぜか薄目をあけて外を少しだけ見てしまった。 

目に入ったのは白っぽいワンピース。それが車に合わせ移動していた。 
あの大股で付いてきているのか。 
頭はウインドウの外にあって見えない。
しかし、車内を覗き込もうとしたのか、頭を下げる仕草を始めた。 

無意識に「ヒッ」と声を出す。 
「見るな」と隣が声を荒げる。 

慌てて目をぎゅっとつぶり、さらに強くお札を握り締めた。 

コツ、コツ、コツ 
ガラスを叩く音が始まる。 

周りに乗っている人も短く「エッ」とか「ンン」とか声を出す。 
アレは見えなくても、声は聞こえなくても、音は聞こえてしまうようだ。 
Kさんの念仏に力が入る。 

やがて、声と音が途切れたと思ったとき、Kさんが「うまく抜けた」と声をあげた。 
それまで黙っていた周りを囲む男たちも「よかったなあ」と安堵の声を出した。 

やがて車は道の広い所で止り、親父の車に移された。 
親父とじいちゃんが他の男たちに頭を下げているとき、Kさんが「お札を見せてみろ」と近寄ってきた。 
無意識にまだ握り締めていたお札を見ると、全体が黒っぽくなっていた。 
Kさんは「もう大丈夫だと思うがな、念のためしばらくの間はこれを持っていなさい」と新しいお札をくれた。 

その後は親父と二人で自宅へ戻った。 
バイクは後日じいちゃんと近所の人が届けてくれた。 
親父も八尺様のことは知っていたようで、子供の頃、友達のひとりが魅入られて命を落としたということを話してくれた。 
魅入られたため、他の土地に移った人も知っているという。 

バンに乗った男たちは、すべてじいちゃんの一族に関係がある人で、つまりは極々薄いながらも自分と血縁関係にある人たちだそうだ。 
前を走ったじいちゃん、後ろを走った親父も当然血のつながりはあるわけで、少しでも八尺様の目をごまかそうと、あのようなことをしたという。 
親父の兄弟(伯父)は一晩でこちらに来られなかったため、血縁は薄くてもすぐに集まる人に来てもらったようだ。 

それでも流石に七人もの男が今の今、というわけにはいかなく、また夜より昼のほうが安全と思われたため、一晩部屋に閉じ込められたのである。 
道中、最悪ならじいちゃんか親父が身代わりになる覚悟だったとか。 

そして、先に書いたようなことを説明され、もうあそこには行かないようにと念を押された。 

家に戻ってから、じいちゃんと電話で話したとき、あの夜に声をかけたかと聞 
いたが、そんなことはしていないと断言された。 
――やっぱりあれは… 
と思ったら、改めて背筋が寒くなった。 

八尺様の被害には成人前の若い人間、それも子供が遭うことが多いということ 
だ。まだ子供や若年の人間が極度の不安な状態にあるとき、身内の声であのよ 
うなことを言われれば、つい心を許してしまうのだろう。 

それから十年経って、あのことも忘れがちになったとき、洒落にならない後日談ができてしまった。 

「八尺様を封じている地蔵様が誰かに壊されてしまった。それもお前の家に通じる道のものがな」 

と、ばあちゃんから電話があった。 
(じいちゃんは二年前に亡くなっていて、当然ながら葬式にも行かせてもらえなかった。じいちゃんも起き上がれなくなってからは絶対来させるなと言っていたという) 

今となっては迷信だろうと自分に言い聞かせつつも、かなり心配な自分がいる。 
「ぽぽぽ…」という、あの声が聞こえてきたらと思うと…

【洒落怖】【怖い話】みっつの選択

今日はエイプリルフールだ。特にすることもなかった僕らは、 
いつものように僕の部屋に集まると適当にビールを飲み始めた。 

今日はエイプリルフールだったので、退屈な僕らはひとつのゲームを思い付いた。嘘をつきながら喋る。 
そしてそれを皆で聞いて酒の肴にする。 
くだらないゲームだ。 
だけど、そのくだらなさが良かった。 

トップバッターは僕で、この夏ナンパした女が妊娠して実は今、一児の父なんだ、という話をした。 
初めて知ったのだが、嘘をついてみろ、と言われた場合、人は100%の嘘をつくことはできない。 
僕の場合、夏にナンパはしてないけど当時の彼女は妊娠したし、一児の父ではないけれど、 
背中に水子は背負っている。 
どいつがどんな嘘をついているかは、なかなか見抜けない。見抜けないからこそ、楽しい。 
そうやって順繰りに嘘は進み、最後の奴にバトンが回った。 
そいつは、ちびり、とビールを舐めると申し訳なさそうにこう言った。 

「俺はみんなみたいに器用に嘘はつけないから、ひとつ、作り話をするよ」 

「なんだよそれ。趣旨と違うじゃねえか」 
「まあいいから聞けよ。退屈はさせないからさ」 

そう言って姿勢を正した彼は、では、と呟いて話を始めた。 
僕は朝起きて気付くと、何もない白い部屋にいた。 
どうしてそこにいるのか、どうやってそこまで来たのかは全く覚えていない。 
ただ、目を覚ましてみたら僕はそこにいた。 
しばらく呆然としながら状況を把握できないままでいたんだけど、急に天井のあたりから声が響いた。 

古いスピーカーだったんだろうね、ノイズがかった変な声だった。 
声はこう言った。 


『これから進む道は人生の道であり人間の業を歩む道。選択と苦悶と決断のみを与える。 
歩く道は多くしてひとつ、決して矛盾を歩むことなく』 

って。で、そこで初めて気付いたんだけど僕の背中の側にはドアがあったんだ。横に赤いべったりした文字で 

『進め』 
って書いてあった。 

『3つ与えます。 
ひとつ。右手のテレビを壊すこと。 
ふたつ。左手の人を殺すこと。 
みっつ。あなたが死ぬこと。 

ひとつめを選べば、出口に近付きます。 
あなたと左手の人は開放され、その代わり彼らは死にます。 
ふたつめを選べば、出口に近付きます。 
その代わり左手の人の道は終わりです。 
みっつめを選べば、左手の人は開放され、おめでとう、 
あなたの道は終わりです』 

めちゃくちゃだよ。どれを選んでもあまりに救いがないじゃないか。 
馬鹿らしい話だよ。でもその状況を馬鹿らしいなんて思うことはできなかった。 
それどころか僕は恐怖でガタガタと震えた。 
それくらいあそこの雰囲気は異様で、有無を言わせないものがあった。 
そして僕は考えた。 
どこかの見知らぬ多数の命か、すぐそばの見知らぬ一つの命か、一番近くのよく知る命か。 
進まなければ確実に死ぬ。 
それは『みっつめ』の選択になるんだろうか。嫌だ。 
何も分からないまま死にたくはない。 
一つの命か多くの命か?そんなものは、比べるまでもない。 
寝袋の脇には、大振りの鉈があった。 
僕は静かに鉈を手に取ると、ゆっくり振り上げ 
動かない芋虫のような寝袋に向かって鉈を振り下ろした。 
ぐちゃ。鈍い音が、感覚が、伝わる。 
次のドアが開いた気配はない。もう一度鉈を振るう。 
ぐちゃ。顔の見えない匿名性が罪悪感を麻痺させる。 
もう一度鉈を振り上げたところで、かちゃり、と音がしてドアが開いた。 
右手のテレビの画面からは、色のない瞳をした餓鬼がぎょろりとした眼でこちらを覗き返していた。 
次の部屋に入ると、右手には客船の模型、左手には同じように寝袋があった。床にはやはり紙がおちてて、 
そこにはこうあった。 

『3つ与えます。 

ひとつ。右手の客船を壊すこと。 

ふたつ。左手の寝袋を燃やすこと。 

みっつ。あなたが死ぬこと。 

ひとつめを選べば、出口に近付きます。 
あなたと左手の人は開放され、その代わり客船の乗客は死にます。 

ふたつめを選べば、出口に近付きます。 
その代わり左手の人の道は終わりです。 

みっつめを選べば、左手の人は開放され、おめでとう、 
あなたの道は終わりです』 


客船はただの模型だった。 
普通に考えれば、これを壊したら人が死ぬなんてあり得ない。 
けどその時、その紙に書いてあることは絶対に本当なんだと思った。 
理由なんてないよ。ただそう思ったんだ。 
僕は、寝袋の脇にあった灯油を空になるまでふりかけて、用意されてあったマッチを擦って灯油へ放った。 
ぼっ、という音がして寝袋はたちまち炎に包まれたよ。 
僕は客船の前に立ち、模型をぼうっと眺めながら、鍵が開くのをまった。 

2分くらい経った時かな、もう時間感覚なんかはなかったけど、人の死ぬ時間だからね 。たぶん2分くらいだろう。 

かちゃ、という音がして次のドアが開いた。 

左手の方がどうなっているのか、確認はしなかったし、したくなかった。 

次の部屋に入ると、今度は右手に地球儀があり、左手にはまた寝袋があった。 
僕は足早に紙切れを拾うと、そこにはこうあった。 
『3つ与えます。 

ひとつ。右手の地球儀を壊すこと。 

ふたつ。左手の寝袋を撃ち抜くこと。 

みっつ。あなたが死ぬこと。 


ひとつめを選べば、出口に近付きます。 
あなたと左手の人は開放され、その代わり世界のどこかに核が落ちます。 

ふたつめを選べば、出口に近付きます。 
その代わり左手の人の道は終わりです。 

みっつめを選べば、左手の人は開放され、おめでとう、 
あなたの道は終わりです』 


思考や感情は、もはや完全に麻痺していた。 
僕は半ば機械的に寝袋脇の拳銃を拾い撃鉄を起こすと、すぐさま人差し指に力を込めた。 
ぱん、と乾いた音がした。ぱん、ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。 
リボルバー式の拳銃は6発で空になった。初めて扱った拳銃は、コンビニで買い物をするよりも手軽だったよ。 


ドアに向かうと、鍵は既に開いていた。何発目で寝袋が死んだのかは知りたくもなかった。 

最後の部屋は何もない部屋だった。 
思わず僕はえっ、と声を洩らしたけど、ここは出口なのかもしれないと思うと少し安堵した。やっと出られる。そう思ってね。 

すると再び頭の上から声が聞こえた『最後の問い。 

3人の人間とそれを除いた全世界の人間。そして、君。 
殺すとしたら、何を選ぶ』 

僕は何も考えることなく、黙って今来た道を指差した。 

するとまた、頭の上から声がした。 

『おめでとう。 
君は矛盾なく道を選ぶことができた。 
人生とは選択の連続であり、匿名の幸福の裏には匿名の不幸があり、匿名の生のために匿名の死がある。 
ひとつの命は地球よりも重くない。 

君はそれを証明した。 
しかしそれは決して命の重さを否定することではない。 
最後に、ひとつひとつの命がどれだけ重いのかを感じてもらう。 
出口は開いた。 
おめでとう。 

おめでとう。』 


僕はぼうっとその声を聞いて、安心したような、虚脱したような感じを受けた。とにかく全身から一気に力が抜けて、フラフラになりながら最後のドアを開けた。 

光の降り注ぐ眩しい部屋、目がくらみながら進むと、足にコツンと何かが当たった。 

三つの遺影があった。 

父と、母と、弟の遺影が。 



これで、おしまい。 

彼の話が終わった時、僕らは唾も飲み込めないくらい緊張していた。 
こいつのこの話は何なんだろう。 
得も言われぬ迫力は何なんだろう。 
そこにいる誰もが、ぬらりとした気味の悪い感覚に囚われた。 
僕は、ビールをグっと飲み干すと、勢いをつけてこう言った。 
「……んな気味の悪い話はやめろよ!楽しく嘘の話をしよーぜ!ほら、お前もやっぱり何か嘘ついてみろよ!」 
そういうと彼は、口角を釣り上げただけの不気味な笑みを見せた。 
その表情に、体の底から身震いするような恐怖を覚えた。 
そして、口を開いた 
「もう、ついたよ」 
「え?」 












「『ひとつ、作り話をするよ』」 


をわり 

【洒落怖】【怖い話】リゾートバイト 3

おんどうの隙間から光が差し込んできて、夜が明けたと分かっても、俺達は顔を上げられずそこに座っていた。
雀の鳴き声も、遠くから聞こえる民家の生活音も、すべてが俺の心臓に突き刺さる。
ここから出て生きていけるのか、本気でそう思ったくらいだ。
本格的に太陽の光が中に入りこんできた頃、遠くからこっちに近づいてくる足音が聞こえた。
俺達は完全に身構え体制に入った。
足音はすぐ近くまで来ると、おんどうの裏へ回り入り口の前で止まった。
息を呑んでいると、ガタガタっと音がし、「キィーッ」と音を立てて扉が開いた。
そこに立っていたのは、坊さんだった。
坊さんは俺達の姿を見つけると、一瞬泣きそうな顔をして、「よく、頑張ってくれました」と言った。
あの時の坊さんの目は、俺一生忘れないと思う。
本当に本当に優しい目だった。
俺は不覚にも腰を抜かしていた。
そして、いい年こいてわんわん泣いた。
坊さんは、俺達の汗と尿まみれのおんどうの中に迷わず入って来て、そして俺達の肩を一人一人抱いた。
その時坊さんの僧衣?から、なんか懐かしい線香の香りがして、ああ、俺達、生きてるって心の底から思った。
そこでまた俺子供のように泣いた。

しばらくしても立ち上がれない俺を見て、坊さんはおっさんを呼んできてくれた。
そして2人に肩を抱えられながら、前日に居た一軒家に向かった。
途中、行く時に見た大きな寺の横を通ったんだが、その時俺達3人は叫び声を聞いた。
低く、そして急に高くなって叫ぶ人の声だった。
家の玄関に着くと耳元でAが囁いた。
A「さっきのあれ、女将さんの声じゃね?」
まさかと思ったが、確かに女将さんの声に聞こえなくもなかった。
だが俺はそれどころじゃないほど疲れていたわけで。
早く家に上げて欲しかったんだが、玄関に出てきた女の人がすげー不快そうに俺達を見下しながら、
「すぐお風呂入って」って言うんだわ。
まーしょうがない。だって俺達有り得んくらい臭かったしね。
そして俺達は3人仲良く風呂に入った。
まあ怖かった。いきなり一人になる勇気はさすがになかった。

風呂を上がると見覚えのある座敷に通され、そこに3枚の布団が敷いてあった。『まず寝ろ』ということらしかった。
ここは安全だという気持ちが自分の中にあったし、極限に疲れていたせいもあった。
というか、理屈よりまず先に体が動いて、俺達は布団に顔を埋めてそのまま泥のように眠った。
俺は眠りに入る中で、まったくもってどうでもいいことを思った。
起きたらあいつらに、俺達が帰るって電話しなきゃな。
旅行の準備満タンでスタンバイする友達2人は、俺達が今こうして死にそうな思いをしていたことを知らない。
もちろん、旅行計画がオジャンになることも。
そういえば、おんどうから出る時俺はBに聞いたんだ。
俺「B、もう、見えないよな?」
するとBは確かな口調で答えた。
B「ああ、見えない。助かったんだ。ありがとう」
おれはその最後の一言を聞いて、Bが小便を垂らしたことは内緒にしておいてやろうと思った。
俺達は助かったんだ。その事実だけで十分だった。

あの後、俺達は死んだように眠り、坊さんの声で目を覚ました。
坊「皆さん、起きれますか?」
特別寝起きが悪いAをいつものように叩き起こし、俺達は坊さんの前に3人正座した。
坊「皆さん、昨日は本当によく頑張ってくれました。無事、憑き祓いを終えることができました」
そう言って坊さんは優しく笑った。
俺達はその言葉に何と言っていいか分からず、曖昧な笑顔を坊さんに向けた。
聞きたいことは山ほどあったのに、何も言い出せなかった。
すると坊さんは俺達の心中を察したのか、
坊「あなたたちには、全てお話しなくてはなりませんね。お見せしたい物があります」と言って立ち上がった。
坊さんは家を出ると、俺達を連れて寺の方に向かった。

石段を上る途中、Bはキョロキョロと辺りを警戒する仕草を見せた。
それにつられて俺も、昨日見たアイツの姿を思い出して同じ行動を取った。
それに気づいた坊さんは俺達に聞いた。
坊「もう大丈夫のはずです。どうですか?」
B「大丈夫・・何も見えません」
俺「俺も平気です」
その返事を聞くと、坊さんはにっこりと笑った。

大きな寺に着くと、ここが本堂だと言われた。
坊さんの後ろに続いて寺の横にある勝手口から中に入り、さっきまで居た座敷とさほど変わらない部屋に通された。
坊さんは俺達にここで少し待つように言うと、部屋を出て行った。
Bは落ち着かないのか貧乏揺すりを始めた。
暫くすると、坊さんは小さな木箱を手に戻って来た。
そして俺達の対面に腰を下ろすと、「今回の事の発端をお見せしますね」と言って箱を開けた。
3人で首を伸ばして箱の中を覗き込んだ。
そこには、キクラゲがカサカサに乾燥したような、黒く小さい物体が綿にくるまれていた。
AB俺「何だこれ?」
よく見てみるが分からない。
だがなんとなく、どっかで見たことのある物だと思った。
俺は暫く考え、咄嗟に思い出した。
昔、俺がまだ小さい頃、母親がタンスの引き出しから、大事そうに木の箱を持ってきたことがあった。
そして箱の中身を俺に見せるんだ。すげー嬉しそうに。
箱の中には綿にくるまれた黒くて小さな物体があって、俺はそれが何か分からないから母親に尋ねたんだ。
そしたら母親は言ったんだ。
「これはねぇ、臍(へそ)の緒って言うんだよ。お母さんと、○○が繋がってた証」
俺は子供心に、なんでこんなの大事そうにしてるんだろ?って思った。
目の前にあるその物体は、あの時に見た臍の緒に似ているんだと思った。
A「これ何ですか?」
坊「これは、臍の緒ですよ」
というか、似てるもなにも臍の緒だった。
A「俺初めて見たかも」
B「おれ見たことある」
俺「俺も」
坊「みなさん親御さんに見せてもらったのでしょう。こういうものは、大切に取っておく方が多いですから」
 この臍の緒も、それはそれは大切に保管されていたものなのです」
俺たちは黙って坊さんの話を聞いていた。
坊「母親の胎内では、親と子は臍の緒で繋がっております。
 今ではその絆や出産の記念にと、それを大切にする方が多いですが、
 臍の緒には色々な言い伝えがあり、昔はそれを信じる者も多かったのです」
B「言い伝え?」
坊「そうです。昔の人はそういう言い伝えを非常に大切にしておりました。今となっては迷信として語られるだけですが」
そう前置きをして、坊さんは臍の緒に関する言い伝えを教えてくれた。

主に『子を守る』という意味を持っているが、解釈は様々。
『子が九死に一生の大病を患った際に煎じて飲ませると命が助かる』とか、
『子に持たせるとその子を命の危険から守る』というのがあって、
親が子供を想う気持ちが込められているところでは共通しているらしい。
俺たちはその話を聞いて、「へぇ~」なんて間抜けな返事をしていた。
坊さんは一息入れると、微かに口元を上げて言った。
坊「ひとつ、この土地の昔話をしてもよろしいですか?今回の事に関わるお話として聞いいただきたいのです」
俺達は坊さんに頷いた。
ここから坊さんの話が始まる。
結構長くて、正確には覚えてない。所々抜け落ち部分があるかも。

坊「この土地に住む者も、臍の緒に纏わる言い伝えを深く信じておりました。
 土地柄、ここでは昔から、漁を生業として生活する者が多くおりました。
 漁師の家に子が生まれると、その子は物心がつく頃から、親と共に海に出るようになります。
 ここでは、それがごく普通のしきたりだったようです。
 漁は危険との隣り合わせであり、我が子の帰りを待つ母親の気持ちは、私には察するに余りありますが、
 それは深く辛いものだったのでしょう。
 母親達はいつしか、我が子に御守りとして、臍の緒を持たせるようになります。
 海での危険から命を守ってくれるように、
 そして行方のわからなくなったわが子が、自分の元へと帰ってこれるようにと」
俺「帰ってくる?」
俺は思わず口を挟んだ。
坊「そうです。まだ体の小さな子は、波にさらわれることも多かったと聞きます。
 行方の分からなくなった子は、何日もすると死亡したことと見なされます。
 しかし、突然我が子を失った母親は、その現実を受け入れることができず、
 何日も何日もその帰りを待ち続けるのだそうです。
 そうしていつからか、子に持たせる臍の緒には、
 『生前に自分と子が繋がっていたように、子がどこにいようとも自分の元へ帰ってこれるように』と、
 命綱の役割としての意味を孕むようになったのだと言います」
皮肉な話だと思った。
本来海の危険から身を守る御守りとしての役割を成すものが、いざ危険が起きたときの命綱としての意味も持ってる。
母親はどんな気持ちで子どもを送り出してたんだろうな。
坊「実際、臍の緒を持たせていた子が行方不明になり、無事に帰ってくることはなかったそうです。
 しかしある日、『子供が帰ってきた』と涙を流して喜ぶ、1人の母親が現れます。
 これを聞いた周囲の者はその話を信用せず、とうとう気が狂ってしまったかと哀れみさえ抱いたそうです。
 何故なら、その母親が海で子を失ったのは、3年も前のことだったからです」
B「どこかに流れついて、今まで生きてたとかじゃないんですか?」
坊「そうですね。始めはそう思った者もいたようです。
 そして母親に、子供の姿を見せてほしいと言い出した者もいたそうなのです」
B「それで?」
坊「母親はその者に言ったそうです。『もう少ししたら見せられるから待っていてくれ』と」
どういう意味だ?
帰って来たら見せられるはずじゃないのか?
俺はこの時、理由もなく鳥肌が立った。
坊「もちろん、その話を聞いて村の者は不振に思ったそうですが、
 子を亡くしてからずっと伏せっていた母親を見てきた手前、強く言うことができず、
 そのまま引き下がるしかできなかったそうです。
 しかし次の日、同じ事を言って喜ぶ別の母親が現れるのです。
 そしてその母親も、子の姿を見せることはまだできないという旨の話をする。
 村の者達は困惑し始めます。
 前日の母親は既に夫が他界し、本当のところを確かめる術が無かったのですが、この別の母親には夫がおりました。
 そこで村の者達は、この夫に真相を確かめるべく、話を聞くことになったそうです。
 するとその夫は言ったそうです。『そんな話は知らない』と。
 母親の喜びとは反対に、父親はその事実を全く知らなかったのです。
 村人達が更に追求しようとすると、『人の家のことに首を突っ込むな』と、ついには怒りだしてしまったそうです」
まあ、そうだよな。
何にせよ周りの人に家の中のことをごちゃごちゃ聞かれたら、いい気はしないだろうななんて思ったりもした。
坊「その後何日かすると、ある村の者が、
 最初に子が戻ってきたと言い出した母親が、昨晩子共を連れて海辺を歩く姿を見たと言い出します。
 暗くてあまり良く見えなかったが、手を繋ぎ隣にいる子供に話しかけるその姿は、本当に幸せそうだったと。
 この話を聞いた村の者達は皆、これまでの非を詫びようと、そして子が戻ってきたことを心から祝福しようと、
 母親の家に訪ねに行くことにしたそうです。
 家に着くと、中から満面の笑顔で母親が顔を出したそうです。
 村の者達はその日来た理由を告げ、何人かは頭を下げたそうです。
 すると母親は、『何も気にしていません。この子が戻って来た、それだけで幸せです』と言いながら、
 扉に隠れてしまっていた我が子の手を引き寄せ、皆の前に見せたそうです。
 その瞬間、村の者達はその場で凍りついたそうです」
AB俺「・・・」
坊「その子の肌は、全身が青紫色だったそうです。
 そして体はあり得ない程に膨らみ、腫れ上がった瞼の隙間から白目が覗き、
 辛うじて見える黒目は、左右別々の方向を向いていたそうです。
 そして口から何か泡のようなものを吹きながら、母親の話しかける声に寄生を発していたそうです。
 それはまるで、カラスの鳴き声のようだったと聞きます。
 村の者達は、子供の奇声に優しく笑いかけ、髪の抜け落ちた頭を愛おしそうに撫でる母親の姿を見て、
 恐怖で皆その場から逃げ出してしまったのだそうです。
 散り散りに逃げた村の者達はその晩、村の長の家に集まり出します。
 何か得体の知れないものを見た恐怖は誰一人収まらず、それを聞いた村の長は自分の手には負えないと判断し、
 皆を連れてある住職の元へ行くことにします。
 その住職というのが、私のご先祖に当たる人物らしいのですが・・・
 相談を受けた住職は事の重大さを悟り、すぐさま母親の元に向かいます。
 そして母親の横に連れられた子を見るや、母親を家から引きずり出し、寺へと連れて帰ったそうです。
 その間も、その子は住職と母親の後をずっと付いてきて、奇声を発していたのだとか。
 寺に着くと、まず結界を強く張った一室に母親を入れ、話を聞こうとします。
 しかし、一瞬でも子と離れた母親は、その不安からかまともに話をできる状態ではなかったと聞きます。
 ついには子供を返せと、住職に向かってものすごい剣幕で怒鳴り散らしたのだそうです」
A「それでどうなったんですか?」
坊「子を想う母は強い。
 住職が本気で押さえ込もうとしたその力を跳ね飛ばし、そのまま寺を飛び出してしまったのだそうです」
坊さんは少し情けなそうな顔をしてそう言った。
坊「その後、村の者と従者を何人か連れて、母親の家に行きましたが、そこに母と子の姿はなかったそうです。
 そして家の中には、どこのものかわからない札が至る所に貼り付けられ、
 部屋の片隅には、腐った残飯が盛られ異臭が立ち込めていのだとか」
この時俺は思った。あの旅館の2階で見たものと同じだと。
坊「そこに居た皆は同じことを思いました。母親は子を失った悲しみから、ここで何かしらの儀を行っていたのだと。
 そして信じ難いことだが、その産物としてあのようなモノが生まれたのだと。
 その想いを悟った村の者達は、母親の行方を村一丸になって捜索します。
 住職はすぐさま従者を連れ、もう一人の母親の家に向かいますが、こちらも時既に遅しの状態だったそうです。
 得体の知れないモノに語りかけ、子の名前を呼ぶ母親に恐怖する父親。
 その光景を見た住職は、経を唱えながらそのモノに近づこうとしますが、
 子を守る母親は住職に白目を向き、奇声を発しながら威嚇してきたのだそうです」
現実味のない話だったのに、なぜかすごく汗ばんだ。
坊「村の者は恐れ、一歩も近寄れなかったと言います。
 しかし住職とその従者は、臆することなくその母親とそのモノに近づき、興奮する母親を取り押さえ寺へ連れ帰ります。
 暴れる母親を抱えながら、背後から付いて来るモノに経を唱え、道に塩を盛りながら少しずつ進んだのだそうです。
 寺に着くと、住職は母親をおんどうへ連れて行き、体を縛りその中に閉じ込めたのだそうです」
A「そんなことを・・・」
Aが哀れみの声を出した。
坊「仕方がなかったのです。親と子を離すのが先決だった、そうしなければ何もできなかったのでしょう」
坊さんがしたことではないが、Aは坊さんから顔を背けた。
少しの沈黙の後、坊さんは続けた。
坊「母親の体には自害を防ぐための処置が施されたようですが、その詳細は分かりません。
 その後、おんどうの周りに注連縄を巻きつけ、住職達はその周りを取り囲むようにして座り、経を唱え始めたそうです。
 中から母親の呻き声が聞こえましたが、その声が子に気づかれぬよう、全員で大声を張り上げながら経を唱えたそうです」
 住職達が必死に経を唱える中、いよいよ子の姿が現れます。
 子は親を探し、おんどうの周りをぐるぐると回り始めます。
 何を以って親の場所を捜すのか、果たして経が役目を成すのかもわからない状態で、
 とにかく住職達は必死に経を唱えたのです」
そこで坊さんは一息ついた。
B「それで、どうなったんですか?」
Bの声は恐る恐るといった感じだった。
坊「おんどうの周りを回っていたそのモノは、次第に歩くことを困難とし、四足歩行を始めたそうです。
 その後、四肢の関節を大きく曲げ、蜘蛛のように地を這い回ったそうです。
 それはまるで、人間の退化を見ているようだったと。
 その後、なにやら呻き声を上げたかと思うと、
 そのモノの四肢は失われ、芋虫のような形態でそこに転がっていたのだとか。
 そしてそのモノは、夜が明けるにつれて小さくすぼみ、最終的に残ったのが、臍の緒だったのです」

俺は坊さんの話に聞き入っていた。
まるで自分達の話に毛が生えて、昔話として語られているような感覚だった。
するとAが聞いたんだ。
A「え、もしかしてその臍の緒って・・・」
すると坊さんは静かに答えた。
坊「今朝、おんどう奥の岩の上に転がっていたものです」
B「マジかよ・・」
Bは呆然として呟いた。
俺「なんで?なんで俺達なんですか?」
坊「詳しくはわかりません。
 この寺には、代々の住職達の手記が残されていますが、
 母親でない者にこのような現象が起きた事例は、見当たりませんでした。
 何より、肝心の母親の行った儀式について、これがまだ謎に包まれたままなのです」
B「母親に聞かなかったんですか?」
坊「聞かなかったのではなく、聞けなかったのです」
ポカンとしていると坊さんはまた話し始めた。
坊「住職達がおんどうを開け中を確認すると、疲れ果ててぐったりした母親がいたそうです。
 子を求めて一晩中叫んでいたのでしょう。
 すぐさま母親を外に運びだし手当てをしましたが、目を覚ました時には、母親は完全に正気を失っておりました。
 二度も子を失った悲しみからなのか、はたまた何か禍々しいモノの所為なのか、それも分かりかねますが。
 そして村の者が捜索していたもう一人の母親ですが、
 一晩経を読み上げ疲れ果てた住職達の元に、発見の知らせが届いたそうです。
 近海の岸辺に、遺体となって打ち上げられていたと。
 母親は体中を何かに食い破られており、それでいて顔はとても幸せそうだったとあります。
 何が起きたのかはわかりませんが、住職の手記にはこうありました。
 『子に食われる母親の最後は、完全な笑顔だった』と」
信じられないような話なんだが、俺達は坊さんの話す言葉一つ一つをそのまま飲み込んだ。
坊「遺体となって見つかった母親の家は、村の者達による話し合いで取り壊されることとなり、
 その際に家の中から、母親の書いたものらしいメモが見つかったそうです」
そう言って坊さんは、そのメモの内容を俺達に説明してくれた。
簡単に言うと、儀式を始めてからの我が子を記録した、成長記録のようなものだったそうだ。
どんな風に書かれていたのかは憶測でしかないんだが、内容は覚えているので以下に書く。わかりづらいかも。

○月?日 堂の作成を開始する
×月?日 変化なし

・・・

△月?日 △△(子の名前)が帰ってくる
△月?日 移動が困難な状態
△月?日 手足が生える
△月?日 はいはいを始める
△月?日 四つ足で動き回る
△月?日 言葉を発する
△月?日 立つ

この成長記録に、母親の心情がビッシリと書き連ねてあったらしい。
ちなみに、もう一人の母親は、屋根裏に堂を作っていたらしく、父親はその存在に全く気づいていなかったのだそうだ。

坊「私もすべてを理解しているとは言えませんが、この母親の成長記録と住職の手記を見比べると、
 そのモノは、自分の成長した過程を遡るようにして、退化していったと考えられませんか?」
確かにその通りだと思った。
そして坊さんは、それ以上の言及を避けるように話を続けた。
坊「これ以降手記には非常に稀ですが、同じような事象の記述が見られます。
 だがその全てに、母親達がいつどのようにしてこの儀を知るのかが、明記されていないのです。
 それは全ての母親が、命を落とす、若しくは、話すこともままならない状態になってしまったことを、意味しているのです」
坊さんは、早期に発見できないことを悔やんでいると言った。
坊「今回の現象は初めてのことで、私自身もとても戸惑っているのです。
 何故母親ではないあなたが、そのモノを見つけてしまったのか。
 子の成長は母親にしか分からず、共に生活する者にも、それを確認することはできないはずなのです」
そんなデタラメな話有りなのか?と思った。
そしてBが、話の核心を知ろうと恐る恐る質問した。
B「あの、母親って、・・・もしかして女将さんなんですか?」
坊さんは少し黙り、答えた。
坊「その通りです。
 真樹子さんは、この村出身の者ではありません。○○さん(旦那さんの名前)に嫁ぎこの村にやってきました。
 息子を一人儲け、非常に仲の良い家族でした」
そう言って話してくれた坊さんの話の内容は、大方予想が付いていたものだった。
女将さんの一人息子は、数年前のある日海で行方不明になったそうだ。
大規模な捜索もされたが、結局行方は分からなかったらしい。
悲しみに暮れた女将さんは、周囲から慰めを受け、少しずつだが元気を取り戻していったそうだ。
旅館もそれなりに繁盛し、周囲も事件のことを忘れかけた頃、急に旅館が2階部分を閉鎖することになったんだって。
周りは不振に思ったが、そこまで首を突っ込むことでもないと、別段気にすることはなかったそうだ。
そしてこの結果だ。
女将さんはどこから情報を得たのか不明だが、あの2階へ続く階段に堂を作り上げ、そこで儀式を行っていた。
そしてその産物が俺達に憑いてきたという訳だが、ここがこれまでの事例と違うのだと坊さんは言った。
本来儀式を行った女将さんに憑くはずの子が、第3者の俺達に憑いたんだ。
考えられる違いは、女将さんは息子に臍の緒を持たせていなかったということ。
そこの村の人達は、昔からの風習で未だに続けている人もいるらしいが、女将さんはその風習すら知らなかった。
これは旦那さんが証言していたらしい。
そして妙な話だが、旅館の2階を閉鎖したというのに、バイトを3人も雇った。
旦那さんも初めは反対したそうだが、
女将さんに「息子が恋しい。同年代くらいの子達がいれば、息子が帰ってきたように思える」と泣きつかれ、
渋々承知したそうなんだ。
これは坊さんの憶測なんだが、
女将さんは初めから、帰ってきた息子が俺達を親として憑いていくことを知っていたんではないか、ということだった。
結局これらのことを俺達に話した後、坊さんはこう言った。
坊「あなた達をあのおんどうに残したこと、本当に申し訳なく思います。
 しかし私は、真樹子さんとあなた達の両方を救わなければならなかった。
 あなた達がここにいる間、私達は真樹子さんを本堂で縛り、先代が行ったように経を読み上げました。
 あのモノがおんどうへ行くのか、本堂へ来るのか分からなかったのです」
つまり、俺達に憑いてきてはいるが、これまでの事例からいくと母親の女将さんにも危険が及ぶと、
坊さんはそう読んでいたってことだ。
俺は別に坊さんが謝ることじゃないと思った。
それにこの人は命の恩人だろ?と思ってBを見ると、肩を震わせながら坊さんを睨み付けて言ったんだ。
B「納得いかない。自分の息子が帰ってくりゃ人の命なんてどーでもいいのか?」
坊「・・・」
B「全部吐かせろよ!なんでこんな目に遭わせたのか、それができないなら俺が直接会って聞いてやる」
 旦那さんだって知ってたんだろ?それなのに何で言わなかったんだ?」
坊「○○さんは知らなかったのです」
B「嘘つくな。知ってるようなこと言ってたんだ」
坊「この話は、この土地には深く根付いています。○○さんが知っていたのは伝承としてでしょう」
坊さんが嘘を吐いているようには見えなかった。
だがBの興奮は収まりきらなかったんだ。
B「ふざけんじゃねーぞ。早く会わせろ。あいつらに会わせろよ!」
俺達はBを取り押さえるのに必死だった。
坊さんは微動だにせず、Bの怒鳴り声を静かに聞いていた。
そして、
坊「この話をすると決めた時点で、あなた達には全てをお見せしようと思っておりました。
 真樹子さんのいる場所へ案内します」
と言って立ち上がったんだ。

坊さんの後を付いてしばらく歩いた。
本堂の中にいるかと思っていたんだが、渡り廊下みたいなのを渡って離れのような場所に通された。
近づくにつれて、なにやら呻き声と何人かの経を唱える声が聞こえてきた。
そしてその声と一緒に、バタンッバタンという音が聞こえた。かなりでかかった。
離れの扉の前に立つと、その音はもうすぐそこで鳴っていて、中で何が起きているのかと俺は内心びくびくしていた。
そして坊さんが離れの扉を開けると、そこには女将さん一人と、それを取り囲む坊さん達が居た。
俺達は全員、言葉を発することができなかった。
女将さんはそこに居たというか・・・なんか跳ねてた。エビみたいに。うまく説明できないんだが。
寝た状態で、畳の上で、はんぺんみたいに体をしならせて、ビタンビタンと跳ねていたんだ。
人間のあんな動きを俺は初めてみた。
そして時折、苦しそうにうめき声を上げるんだ。
俺は怖くて女将さんの顔が見れなかった。
正直、前の晩とは違う、でもそれと同等の恐怖を感じた。
呆然とする俺達に坊さんは言った。
坊「この状態が、今朝から収まらないのです」
するとAが耐え切れなくなり、「俺、ここにいるのキツイです」と言ったので、一旦外に出ることになった。
音を聞くことさえ辛かった。
つい昨日の朝に見た女将さんの姿とは、まるで別人の様になっていた。

そこから少し離れたところで、俺達は坊さんに尋ねた。憑き物の祓いは成功したのではないかと。
坊「確かに、あなた達を親と思い憑いてきたものは、祓うことができたのだと思います。
 現にあなた達がいて、ここに臍の緒がある。しかし・・・」
すると急にBが言ったんだ。
B「そうか・・・俺が見たのは、1つじゃなかったんだ」
初めは何のことを言ってるのかわからなかったんだが、そのうちに俺もピンときた。
Bはあの時、2階の階段で複数の影を見たと言っていなかったか?
坊「1つではないのですか?」
坊さんは驚いたように聞き返し、Bがそうだと答えるのを見ると、また少し黙った。
そして暫く考え込んでいたかと思うと、急に何かを思い出したような顔をして、俺達に言ったんだ。
坊「あなた達は鳥居の家に行ってください。そしてあの部屋を一歩も出ないでください。後で人を行かせます」
ポカンとする俺達を置いて、坊さんはそのまま女将さんのいる離れの方に走って行った。
俺達は急に置いてけぼりを食らい、暫く無言で突っ立っていた。
すると離れの方から、複数の坊さんが大きな布に包まった物体を運び出しているのが見えた。
その布の中身がうねうねと動いて、時折痙攣しているように見えた。
あの中にいるのは女将さんだと全員が思った。
そのままおんどうの方に運ばれていく様を、俺達は呆然と見ていたんだ。
ふとお互い顔を見合わせると、途端に怖くなり、俺たちは早足で家に向かった。
そこからは、説明することが何も無いほど普通だった。
家に行って暫くすると、別の坊さんがやって来て「ここで一晩過ごすように」と言われた。
そしてその坊さんは俺たちの部屋に残り、微妙な雰囲気の中4人で朝を迎えたというわけ。

次の朝、早めに目が覚めた俺達がのん気にめざにゅ~を見ていると、坊さんがやって来た。
俺達は坊さんの前に並んで話を聞いた。
坊さんは俺達の憑き祓いは完全に終わったと言った。
昨日言っていた通り、俺達に憑いてきたモノは一匹で、それは退化を遂げて消滅したのを確認したんだと。
俺達はそれを聞いて安堵した。
しかし坊さんはこう続けた。
女将さんを救うことができなかったと。
泣きそうなのか怒っているのか、なんとも言えない表情を浮かべてそう言った。
死んだのかと聞くと、そうではないと言うんだ。
俺はその言葉から、女将さんが跳ね回っている姿を思い出した。
ずっとあの状態なのか・・?
恐る恐るそれを聞くと、坊さんは苦い顔をしただけで、肯定も否定もしなかった。
女将さんの今の状態は、憑きものを祓うとかそういう次元の話ではなく、何かもっと別のものに起因してるんだって。
詳しくは話してくれなかったんだが、女将さんが行った儀式は、この地に伝わる『子を呼び戻す儀』と似て非なるものらしい。
どこかでこの儀の存在と方法を知った女将さんは、息子を失った悲しみからこれを実行しようと試みる。
だが肝心の臍の緒は自分の手元にあったわけだ。
こっからは坊さんの憶測なんだが、女将さんはこれを試行錯誤しながら、完成系に繋げたんじゃないかということだった。
自分の信念の元に。
そしてそこから得た結果は、本来のものとは別のものだった。
堂には複数のモノがおり、そこに息子さんがいたかは分からないと。
坊さんが言ってた。
この儀の結末は、非常に残酷なものでしかないんだと。
それを重々承知の上で、母親達は時にその禁断の領域に足を踏み入れてしまう。
子を失う悲しみがどれ程のものなのか、我々には推し量ることしかできないが、
心に穴の開いた母親がそこを拠り所としてしまうのは、いつの時代にもあり得ることなのではないかと。
Bは女将さんのこれからを執拗に聞いていたが、坊さんは何も分からないの一点張りで、
俺たちは完全に煙に巻かれた状態だった。

俺達が坊さんと話終えると、部屋に旦那さんが入ってきた。
俺は正直ぎょっとした。
顔が土色になって、明らかにやつれ切った顔をしてたんだ。
そして、俺達の前に来ると泣きながら謝って来た。
泣きすぎて何を言ってるのかは全部聞き取れなかったんだけど、俺達は旦那さんのその姿を見て誰も何も言えなかった。
俺達に申し訳ないことをしたと泣いているのか、それとも女将さんの招いた結果を思って泣いているのか、
どっちだったんだろうな。今となってはわかんねーな。
その後、俺達は何度も坊さんに確認した。
これ以降俺達の身には何も起きないのか?と。
すると坊さんは、困ったような顔をしながら「大丈夫」だと言った。

その後、坊さんの所にタクシーを呼んでもらって俺達は帰ることになった。
一応、昨日の朝俺を家まで運んでくれたおっさんが、駅まで同乗してくれることになったんだが。
このおっさんがやたら喋る人で、それまでの出来事で気が沈んでる俺達の空気を一切読まずに、一人で喋くりまくるんだ。
そんでこのおっさんは、「それにしても、子が親を食うなんて、蜘蛛みたいな話だよなぁ」と言ったんだ。
俺達は胸糞悪くなって黙ってたんだけど、おっさんは一人で続けた。
「お前達、ここで聞いた儀法は試すんじゃねーぞ。自己責任だぞ」
そう言って笑うんだ。
俺達の気持ちを和らげようとして言ってるのか、本気でアホなのかわかんなかったけど、一つ確かなことがあった。
俺達は、坊さんに真実を隠されて教えられたんだ。
儀の方法は、その結果と一緒にこの地に伝わってるんだ。
このおっさんが知ってて坊さんが知らないはずないだろ?
そう思うと、これだけの体験をさせといて、結局は大事なところを隠して話されたことにすげーショックを受けた。
坊さんを信用していた分、なんか怒りにも似たものが湧き上がってきたんだ。
タクシーが駅に着くと、おっさんが金を払うと言ったが俺達は断った。
早くこの場所から逃げ出したい、その一心だった。
坊さんが「大丈夫」と言った一言も、全部嘘に思えてきた。
それでも俺達には、あの寺に戻る勇気はなくて、帰りの電車をただただ無言で待つことしかできなかったんだ。

その後、帰って来てからはなんともない。
まあ、なんともないからここに書き込めてるわけだけど。
「もう2度とあの場所へは行かない」
3人で話してると必ず1回はその言葉が出てくるくらい、俺達にとってトラウマになった出来事だったんだ。
あと、Bはあれから蜘蛛を見るのがどうもダメらしい。成長過程のアイツの姿を見てるからね。
俺はと言うと、今は普通に社会人やってます。若干暗闇が苦手になったくらい。
人間のど元過ぎれば熱さ忘れるって、あながち間違いじゃないかもしれないな。

本当の本当に後日談なんだが、その話を残りの友達2人に話したんだ。
2人とも俺達3人の様子を見て、一応信じてはくれたんだけど。
でもそいつらその後に、興味半分で旅館に電話を掛けてみたんだって。(最低だろ)
そしたら、電話に出たのは普通のおばさんだったらしい。
そいつら俺達に言うんだよ。女将さんか確認しろって。そんで、後ろでカラスが異様に鳴いてるって言うんだ。
絶対無理だと思った。女将さんが無事でも無事じゃなくても、俺にはその後を知る勇気なんか出なかった。

リゾートバイト 1
リゾートバイト 2

【洒落怖】【怖い話】リゾートバイト 2

話が決まったからには俺達は即行動した。
荷物は前の晩のうちにまとめてある。あとは部屋の掃除をするだけで良かった。
バイトを始めてから、仕事が終われば近くの海で遊んだり、疲れてる日には戻ってすぐに爆睡だったんで、
部屋にいる時間はあまりなかったように思う。
だから男3人の部屋といえど、元からそんなに汚れているわけでもなかった。
そんなこんなで、一時間ほどの掃除をすれば部屋も大分綺麗になった。

準備ができたということで、俺達は広間に戻り女将さんたちに挨拶をすることにした。

広間に着くと女将さんと旦那さん、そして悲しそうな顔をした美咲ちゃんが座っていた。
俺達は3人並んで正座し、
俺「短い間ですが、お世話になりました。勝手言ってすみません」
俺AB「ありがとうございました」と言って頭を下げた。
すると女将さんが腰を上げて、俺達に近寄りこう言った。
「こっちこそ、短い間だったけどありがとうね。これ、少ないけど・・・」
そう言って茶封筒を3つ、そして小さな巾着袋を3つ手渡してきた。
茶封筒は思ったよりズッシリしてて、巾着袋はすごく軽かった。
そして後ろから美咲ちゃんが「元気でね」と、ちょっと泣きそうな顔しながら言うんだ。
そして、「みんなの分も作ったから」って、3人分のおにぎりを渡してくれた。
おいおい止めてくれ。泣いちゃうよ俺!
そう思ってあんまり美咲ちゃんの顔を見れなかった。
前日で死にそうな思いしたのにまさかのセンチって思うだろ?
だけど、実際すげー世話になった人との別れって、その時はそういうの無しになるものなんだわ。

挨拶も済んで、俺達は帰ることになった。
行きは近くのバス停までバスを使って来たんだが、帰りはタクシーにした。
旦那さんが車で駅まで送ってくれるって話も出たんだが、Bが断った。
そして美咲ちゃんに頼んでタクシーを呼んでもらった。

タクシーが到着すると、女将さんたちは車まで見送りに来てくれた。
周りから見ればなんとなく感動的な別れに見えただろうが、実際俺達は逃げ出す真っ最中だったんだよな。
タクシーに乗り込む前に、俺は振り返った。
かろうじて見えた2階への階段のドア。目を凝らすと、ほんの少し開いてるような気がして思わず顔を背けた。
そして3人とも乗り込み、行き先を告げた後すぐ車が動き出した。

旅館から少し離れると、急にBが運転手に行き先を変更するよう言ったんだ。
運転手になにかメモみたいなものを渡して、「ここに行ってくれ」と。
運転手はメモを見て怪訝な顔をして聞いてきた。
「大丈夫?結構かかるよ?」
B「大丈夫です」
Bはそう答えると、後部座席でキョトンとしているAと俺に向かって、
B「行かなきゃいけないとこがある。お前らも一緒に」と言った。
俺とAは顔を見合わせた。考えてることは一緒だったと思う。
どこへ行くんだ・・?
だが、朝のBの様子を見た後だったんで、正直気が引けて何も聞けなかった。
またキレ出すんじゃないかとびびってたんだ。

しばらく走っていると、運転手さんが聞いてきた。
「後ろ走ってる車、お客さんたちの知り合いじゃない?」
え?と思って振り返ると、軽トラックが一台後ろにぴったりくっついて走っていた。
そして中から手を振っていたのは旦那さんだった。
俺達は何か忘れ物でもしたのかと思い、車を止めてもらえるよう頼んだ。
道の端に車が止まると、旦那さんもそのまますぐ後ろに軽トラを止めた。
そして出てくると俺達のところに来て、「そのまま帰ったら駄目だ」と言った。
B「帰りませんよ。こんな状態で帰れるはずないですから」
Bと旦那さんはやけに話が通じあっていて、Aと俺は完全に置いてけぼりを食らった。
俺「え、どういうこと?」
なにがなにやらわからんかったので、素直に質問した。
すると旦那さんは俺のほうを向き、まっすぐ目を見つめて言った。
旦「おめぇ、あそこ行ったな?」
心臓がドクンって鳴った。
なんで知ってんの?
この時は本気で怖かった。
霊的なものじゃなくて、なんていうか、大変なことをしてしまったっていう思いがすごくて。
俺は「はい」と答えるだけで精一杯だった。
すると旦那さんは、ため息をひとつ吐くと言った。
旦「このまま帰ったら完全に持ってかれちまう。なぁんであんなとこ行ったんだかな。
 まあ、元はと言えば、俺がちゃんと言わんかったのが悪いんだけどよ」
おい、『持ってかれる』ってなんだ。勘弁してくれよ。
ここから帰ったら楽しい夏休みが待ってるはずだろ?
不安になってAを見た。Aは驚くような目で俺を見ていた。
さらに不安になってBを見た。
するとBは言うんだ。
B「大丈夫。これから御祓いに行こう。そのためにもう向こうに話してあるから」
信じられなかった。
憑かれていたってことか?
何だよ俺死ぬのか?この流れは死ぬんだよな?
なんであんなとこ行ったんだって?行くなと思うなら始めから言ってくれ。
あまりの恐怖で、自分の責任を誰か他の人に転嫁しようとしていた。
呆然としている俺を横目に、旦那さんは話を進めた。
旦「御祓いだって?」
B「はい」
旦「おめぇ、見えてんのか」
B「・・・」
A「おい、見えてるって・・・」
B「ごめん。今はまだ聞かないでくれ」
俺は思わずBに掴みかかった。
俺「いい加減にしろよ。さっきから何なんだよ!」
旦那さんが割って入る。
旦「おいおい止めとけ。おめぇら、逆にBに感謝しなきゃならねぇぞ」
A「でも、言えないってことないんじゃないすか?」
旦「おめぇらはまだ見えてないんだ。一番危ないのはBなんだよ」
俺とAは揃ってBを見た。
Bは困ったような顔をしてそこにいた。
俺「どうしてBなんですか?実際にあそこに行ったのは俺です」
旦「わかってるさ。でもおめぇは見えてないんだろ?」
俺「さっきから見えてるとか見えてないとか、なんなんですか?」
旦「知らん」
俺「はぁ!?」
トンチンカンなことを言う旦那さんに対して俺はイラっとした。
旦「真っ黒だってことだけだな、俺の知ってる情報は。だがなぁ・・」
そう言って旦那さんはBを見る。
旦「御祓いに行ったところで、なんもなりゃせんと思うぞ」
Bは疑いの目を旦那さんに向けて聞いた。
B「どうしてですか?」
旦「前にもそういうことがあったからだな。でも、詳しくは言えん」
B「行ってみなくちゃわからないですよね?」
旦「それは、そうだな」
B「だったら」
旦「それで駄目だったら、どうするつもりなんだ?」
B「・・・」
旦「見えてからは、とんでもなく早いぞ」
『早い』という言葉が何のことを言っているのか、俺にはさっぱりわからなかった。
だが、旦那さんがそういった後、Bは崩れ落ちるようにして泣き出したんだ。
声にならない泣き声だった。
俺とAは傍で立ち尽くすだけで何もできなかった。
俺達の異様な雰囲気を感じ取ったのか、タクシーの窓を開けて中から運転手が話しかけてきた。
「お客さんたち大丈夫ですか?」
俺達3人は何も答えられない。Bに限っては道路に伏せて泣いてる始末だ。
すると旦那さんが、運転手に向かってこう言った。
旦「あぁ、すまんね。呼び出しておいて申し訳ないんだが、こいつらはここで降ろしてもらえるか?」
運転手は「え?でも・・」と言って、俺達を交互に見た。
その場を無視して旦那さんはBに話しかける。
旦「俺がなんでおめぇらを追いかけてきたかわかるか?
 事の発端を知る人がいる。その人のとこに連れてってやる。
 もう話はしてある。すぐ来いとのことだ」
 時間がねぇ。俺を信じろ」
肩を震わせ泣いていたBは精一杯だったんだろうな、顔をしわくちゃにして声を詰まらせながら言った。
B「おねが・・っ・・します・・・」
呼吸ができていなかった。
男泣きでもなんでもない、泣きじゃくる赤ん坊を見ているようだった。
昨日の今日だが、Bは一人で何かものすごい大きなものを抱え込んでいたんだと思った。
あんなに泣いたBを見たのは、後にも先にもこの時だけだ。
Bのその声を聞いた俺は、運転手に言った。
俺「すいません。ここで降ります。いくらですか?」

その後、俺達は旦那さんの軽トラに乗り込んだ。
といっても、俺とAは後の荷台なわけで。乗り心地は史上最悪だった。
旦那さんは俺達が荷台に乗っているにも関わらず、有り得んほどにスピードを出した。
Aから軽く女々しい悲鳴を聞いたがスルーした。

どれくらい走ったのか分からない。あんまり長くなかったんじゃないかな。
まあ正直、それどころじゃないほど尾てい骨が痛くて覚えていないだけなんだが。
着いた場所は普通の一軒家だった。
横に小さな鳥居が立っていて、石段が奥の方に続いていた。
俺達の通されたのはその家の方で、
旦那さんは呼び鈴を鳴らして待っている間、俺達に「聞かれたことにだけ答えろ」と言った。
旦「おめぇら、口が悪いからな。変なこと言うんじゃねぇぞ」
俺は思った。この人にだけは言われる筋合いがないと。
少し待つと、家から一人の女の人が出てきた。
年は20代くらいの普通の人なんだけど、額の真ん中にでっかいホクロがあったのがすごく印象的だった。

その女の人に案内されて通されたのは、家の一角にある座敷だった。
そこには一人の坊さん(僧って言うのか?)と、一人のおっさん、一人のじいさんが座っていた。
俺達が部屋に入るなり、おっさんが「禍々しい」と呟いたのが聞こえた。
旦「座れ」
旦那さんの掛け声で俺達は、坊さんたちが並んで座っている丁度向かい側に3人並んで座った。
そして旦那さんがその隣に座った。
するとじいさんは口を開いた。
「○○(旅館の名前)の旦那、この子ら全部で3人かね?」
旦「えぇ、そうなんですわ。このBって奴は、もう見えてしまってるんですわ」
旦那さんがそう言った瞬間、おっさんとじいさんは顔を見合わせた。
すると坊さんが口を開いた。
坊「旦那さん、堂に行ったというのは彼ですか?」
旦「いえ。実際行ったのはこの○○(俺の名前)って奴で」
坊「ふむ」
旦「Bは下から覗いていただけらしいんです」
坊「そうですか」
そして少し黙ったあと、坊さんはBに聞いたんだ。
坊「あなたは、この様な経験は初めてですか?」
Bが聞き返す。
B「この様な経験?」
坊「そうです。この様に、霊を見たりする体験です」
B「え・・ないです」
坊「そうですか。不思議なこともあるものです」
B「・・俺」
Bが何か喋ろうとしていた。
そこにいた全員がBを見た。
坊「はい」
B「俺・・・死ぬんでしょうか?」
そう言ったBの腕は、正座した膝の上で突っ張っているのにガクガクと震えていた。
すると坊さんは静かに答えた。
坊「そうですね。このままいけば、確実に」
Bは言葉を失った様子だった。震えが急に止まって、畳を一点食い入るように見つめだした。
それを見たAが口を挟んだ。
A「死ぬって」
坊「持って行かれるという意味です」
意味を説明されたところで俺達はわからない。何に何を持って行かれるのか。
更に坊さんは続けた。
坊「話がわからないのは当然です。○○くんは、堂へ行った時に何か違和感を感じませんでしたか?」
坊さんが堂といっているのは、どうやらあの旅館の2階の場所らしかった。
それで俺は答えた。
俺「音が聞こえました。あと、変な呼吸音が。2階のドアには、お札の様なものが沢山貼ってありました」
坊「そうですか。気づいているかも知れませんが、あそこには人ではないものがおります」
あまり驚かなかった。事実、俺もそう思っていたからだ。
坊「恐らくあなたは、その人ではないものの存在を耳で感じた。
 本来ならば、人には感じられないものなのです。誰にも気づかれず、ひっそりとそこにいるものなのです」
そう言うと、坊さんはゆっくりと立ち上がった。
坊「Bくん、今は見えていますか?」
B「いえ。ただ音が、さっきから壁を引っかく音がすごくて」
坊「ここには入れないということです。幾重にも結界を張っておきました。その結界を必死に破ろうとしているのですね」
 しかし、皆がいつまでもここに留まることは出来ないのです。
 今からここを出て、おんどう(ごめん音でしかわからない)へ行きます。
 Bくん、ここから出れば、またあのものたちが現れます」
 また苦しい思いをすると思います。
 でも必ず助けますから、気をしっかり持って付いて来てくださいね」
Bはカクカクと首を縦に振っていた。

そうして坊さんに連れられて俺達は、その家を出てすぐ隣の鳥居をくぐり、石段を登った。
旦那さんは家を出るまで一緒だったが、おっさんたちと何やら話をした後、坊さんに頭を下げて行ってしまった。
知ってる人がいなくなって一気に心細くなった俺達は、3人で寄り添うように歩いた。
特にBは目を左右に動かしながら背中を丸めて歩いていて、明らかに憔悴しきっていた。
だから俺達は、できる限りBを真ん中にして二人で守るように歩いた。

石段を上り終わる頃、大きな寺が見えてきた。
だが坊さんはそこには向かわず、俺達を連れて寺を右に回り奥へと進んだ。
そこにはもう一つ鳥居があり、更に石段が続いていた。
鳥居をくぐる前に坊さんがBに聞いた。
坊「Bくん、今はどんな感じですか?」
B「二本足で立っています。ずっとこっちを見ながら、付いてきてます」
坊「そうか、もう立ちましたか。よっぽどBくんに見つけてもらえたのが嬉しかったんですね。
 ではもう時間がない。急がなくてはなりませんね」

そして石段を上り終えると、さっきの寺とは比べ物にならない位小さな小屋がそこにあり、
坊さんはその小屋の裏へ回ると、俺達を呼んだ。
俺達も裏へ回ると坊さんは、ここに一晩入り憑きモノを祓うのだと言った。
そして、中には明りが一切ないこと、夜が明けるまでは言葉を発っしてはならないことを伝えてきた。
坊「もちろん、携帯電話も駄目です。明りを発するものは全て。食ったり寝たりすることもなりません」
どうしても用を足したくなった場合はこの袋を使用するようにと、変な布の袋を渡された。
俺は目を疑った。布って・・・
だが坊さん曰く、中から液体が漏れないようになっているらしい。
信じ難かったが、そこに食いついてもしょうがないので大人しくしといた。

その後、俺達に竹の筒みたいなものに入った水を一口ずつ飲ませ、自分も口に含むと俺達に吹きかけてきた。
そして、小さな小屋の中に入るように言った。
俺達は順番に入ろうとしたんだが、Bが入る瞬間、口元を押さえて外に飛び出して吐いたんだ。
突然のことで驚いた俺達だったが、坊さんが慌てた様子で聞いてきた。
坊「あなたたち、堂に行ったのは今日ではないですよね?」
俺「え?昨日ですけど」
坊「おかしい、一時的ではあるが身を清めたはずなのに、おんどうに入れないとは」
言ってる意味がよく分からなかった。
すると坊さんはBのヒップバッグに目をつけ、
坊「こちらに滞在する間、誰かから何かを受け取りましたか?」と聞いてきた。
俺は特に思い浮かばず、だがAが言ったんだ。
A「今日給料もらいましたけど」
当たり前すぎて忘れてた。
そういえば給料も貰いものだなって妙に感心したりして。
俺「あ、あと巾着袋も」
A「おにぎりも。もらい物に入るなら」
給料を貰った時に、女将さんにもらった小さな袋を思い出した。
そして美咲ちゃんには、朝おにぎりを作って貰ったんだった。
坊さんはそれを聞くと、Bに話しかけた。
坊「Bくん、それのどれか一つを今、持っていますか?」
B「おにぎりはデカイ鞄の方に入れてありますけど、給料と袋は今持ってます」
Bはそう言って、バッグからその二つを取り出した。
坊さんはまず巾着袋を開けた。
すると「これは・・」と言って、俺達に見えるように袋の口を広げた。
中を覗き込んで俺達は息を呑んだ。
そこには、大量の爪の欠片が詰まっていたんだ。
俺の足に張り付いていたものと一緒だった。見覚えのある、赤と黒ずんだものだった。
Bはその場ですぐまた吐いた。俺もそれに釣られて吐いた。
周辺が汚物の匂いでいっぱいになり、坊さんも顔を歪めていた。
坊さんはBの持ち物を全て預かると言い、俺達2人も持ち物を全て出すように言った。
俺は携帯と財布を坊さんに手渡し、旅行鞄の方に入っている巾着袋を処分してもらえるよう頼んだ。
坊さんは頷き、再度Bに竹筒の水を飲ませ、吹きかけた。

そして俺達3人がおんどうの中に入ると、
坊「この扉を開けてはなりません。皆、本堂のほうにおります。明日の朝まで、誰もここに来ることはありません。
 そして、壁の向こうのものと会話をしてはなりません。このおんどうの中でも言葉を発してはなりません。
 居場所を教えてはなりません。
 これらをくれぐれもお守りいただけますよう、お願いします」
そう言って俺達の顔を見渡した。
俺達は頷くしかなかった。
この時既に言葉を発してはならない気がして、怖くて何も言えなかったんだ。
坊さんは俺達の様子を確認すると、扉を閉め、そのまま何も言わず行ってしまった。

おんどうの中はひんやりしていた。
実際ここで飲まず食わずでやっていけるのかと不安だったが、これなら一晩くらいは持ちそうだと思った。
建物自体はかなり古く、壁には所々に隙間があった。といっても結構小さいものだけど。
まだ昼時ということもあり、外の光がその隙間から入り、AとBの顔もしっかり確認できた。
顔を見合わせても何も喋ることができないという状況は、生まれて初めてだった。
『大丈夫だ』という意味を込めて俺が頷くと、AもBも頷き返してくれた。

しばらくすると顔を見合わせる回数も少なくなり、終いにはお互い別々の方向を向いていた。
喋りたくても喋れないもどかしさの中、後どれくらいの時間が残っているのか見当も付かない俺達は、
ただただ呆然とその場にいることしかできなかったんだ。
途方もない時間が過ぎていると感じているのに、まだ外は明るかった。
するとAがゴソゴソと音を立て出した。
何をしているのかと思い、あまり大きな音を出す前に止めさせようと思ってAの方に向き直ると、
Aは手に持った紙とペンを俺達に見せた。
こいつは坊さんの言うことを聞かずに、密かにペンを隠し持っていたのだ。
そして紙は、板ガムの包み紙だった。
まあメモ用紙なんて持っているはずない俺達なので、きっとそれしか思い浮かばなかったんだろう。
こいつ何やってんだよ・・・
一瞬そう思った俺だが、意思の疎通ができないこの状況で極限に心細くなっていた所為もあり、
Aの取った行動に何も言う事が出来なかった。
むしろ、ひとつの光というか、上手く説明できないんだが、とにかくすごく安心したのを覚えてる。
Aはまず自分で紙に文字を書き、俺に渡してきた。
『みんな大丈夫か?』
俺はAからペンを受け取り、なるべく小さく、スペースを空けるようにして書き込んだ。
『俺は今のところ大丈夫、Bは?』
そしてBに紙とペンを一緒に手渡した。
『俺も今は平気。何も見えないし聞こえない。』
そしてAに紙とペンが戻った。
こんな感じで、俺達の筆談が始まったんだ。
A『ガム残り4枚。外紙と銀紙で8枚。小さく文字書こう』
俺『OK。夜になったらできなくなるから今のうちに喋る』
B『わかった』
A『今何時くらい?』
俺『わからん』
B『5時くらい?』
A『ここ来たの1時くらいだった』
俺『なら4時くらいか』
B『まだ3時間か』
A『長いな』
こんな感じで他愛もない話をして、1枚目が終わった。
するとAが書いてきた。
A『○○文字でかい』
俺は謝る仕草を見せた。
するとAは俺にペンを渡してきたので、『腹減った』と書き込みBに渡した。
そしてBが何も書かずにAに紙を渡した。
するとAは『俺も』と書いて俺に渡してきた。
あれだけ心細かったのに、いざ話すとなるとみんな何も出てこなかった。
俺は日が沈む前に言っておかなければならないことを書いた。
俺『何があっても、最後までがんばろうな』
B『うん』
A『俺、叫んだらどうしよう』
俺『なにか口に突っ込んどけ』
B『突っ込むものなんてないよ』
A『服脱いでおくか』
俺『てか、何も起きない、そう信じよう』
Bは俺の書いた言葉にはノーコメントだった。
俺も書いたあと、自分で何を言ってるんだろうと思った。
坊さんは、何も起きないとは一言も言っていなかった。
むしろ、これから何が起こるのかを予想しているような口ぶりで、俺達にいくつも忠告をしたんだ。
そう考えると俺達は、一刻も早く時間が過ぎてくれることを願っている一方で、
本当の本当は、夜を迎えるのがすごく怖かったんだ。
夜だけじゃない、あの時ああしてる時間も、本当は怖くてしょうがなかった。
唯一の救いが、互いの存在を目視できるということだっただけで。
俺の一言で空気が一気に重くなった。
俺はこの空気をどうにかしようと、Bの持っていた紙とペンをもらい、
俺『何か喋れ時間もったいない』と書いてAに渡した。他人任せもいいとこ。
Aは一瞬困惑したが、少し考えて書き出し、俺に渡してきた。
A『じゃあ、帰ったら何するか』
俺『いいね。俺はまずツタヤだな』
B『なんでツタヤ?』
俺『DVD返すの忘れてた』
A『どんだけ延泊!?』
まあ嘘だった。どうにかして気を紛らわせたかったから、なんでもいいやって適当に書いた。
結果、雰囲気はほんの少しだが和み、AもBもそれぞれ帰ったら何をするかを書いた。

少しずつだが、ゆっくりと俺達は静かな時間を過ごした。
そして残りの紙も少なくなった頃、Bはある言葉を紙に書いた。
B『俺は坊さんに言われたことを必ず守る。死にたくない』
俺もAも、最後の言葉を見つめてた。
俺は『死にたくない』なんて言葉、生まれてこの方本気で言ったことなんかない。きっとAもそうだろう。
死ぬなんて考えていなかったからだ。
死を間近に感じたことがないからだ。
それを今目の前で心の底から言うヤツがいる。その事実がすごく衝撃的だった。
俺はBの目をしっかりと見つめ、頷いた。
その後は特に何も話さなかったが、不思議と孤独感はなかった。
お互いの存在を感じながら、俺達は日が暮れるのを感じていた。

何もせずにいると蝉の鳴き声がうるさくて、でも徐々に耳が慣れて気にならなくなった。
でも、なんか違和感なんだ。よく耳を凝らすと、なにか他の音が聞こえるんだ。
さらに耳を凝らすと、段々その音がクリアに聞こえるようになった。
俺は考えるより先に確信した。あの呼吸音だって。
Bを見た。薄暗くて分かりづらかったが、Bに気づいている気配はなかった。
Bには聞こえないのか?
そういえばBって呼吸音について言ってたっけ?
もしかしてあれは聞いたことがないのか?
それとも単に気づいていないだけか?
頭の中で色々な考えが浮かんだ。
すると硬直する俺の様子に気づいたBが、周りをキョロキョロと見回し始めた。
この状況の中で、神経が過敏にならないはずがなかった。俺の異変にすぐ気づいたんだ。
するとBの視線が一点に止まった。俺の肩越しをまっすぐ見つめていた。
白目が一気にデカくなり、大きく見開いているのがわかった。
AもBの様子に気が付き、Bの見ている方を見ていたが、何も見つけられないようだった。
俺は怖くて振り返れなかった。
それでも、あの呼吸音だけは耳に入ってくる。
ソレがすぐそこにいることがわかった。動かず、ただそこで「ひゅーっひゅーっ」といっていた。
しばらく硬直状態が続くと、今度は俺達のいるおんどうの周りを、ズリズリとなにか引きずるような音が聞こえ始めたんだ。
Aはこの音が聞こえたらしく、急に俺の腕を掴んできた。
その音はおんどうの周りをぐるぐると回り、
次第に呼吸音が「きゅっ・・・・きゅえっ・・」っていう、何か得体の知れない音を挟むようになった。
俺には音だけしか聞こえないが、ソレがゆっくりとおんどうの周りを徘徊していることは分かった。
Aの腕から心臓の音が伝わってくるのを感じた。
Bを確認する余裕がなかったが、固まってたんだと思う。
全員微動だにしなかった。
俺は恐怖から逃れるために、耳を塞いで目を瞑っていた。
頼むから消えてくれと、心の中でずっと願っていた。

どれくらい時間が経ったかわからない。ほんの数分だったかも知れないし、そうでないかも知れない。
目を開けて周りを見回すと、おんどうの中は真っ暗で、ほぼ何も見えない状態だった。
そしてさっきまでのあの音は消えていた。
恐怖の波が去ったのか、それともまだ周りにいるのか、判断がつかず動けなかった。
そして目の前に広がる深い闇が、また別の恐怖を連れて来たんだ。
目を凝らすが何も見えない。
『いるか?』『大丈夫か?』の掛け声さえ出せない。
ただAはずっと俺の腕を握ってたので、そこにいるのが分かった。
俺はこの時猛烈にBが心配になった。Bは明らかに何かを見ていた。
暗がりの中でBを必死に探すが見えない。
俺はAに掴まれた腕を自分の左手に持ち直し、Aを連れてBのいた方へソロソロと歩き出した。
なるべく音を立てないように、そしてAを驚かせないように。
暗すぎて意思の疎通ができないんだ。
誰かがパニックになったら終わりだと思った。
どこにいるか全くわからないので、左手にAの腕を持ったまま、右手を手前に伸ばして左右にゆっくり振りながら進んだ。
すると指先が急に固いものに当たり、心臓がボンっと音を立てた。
手に触れたそれは、手触りから壁だということがわかった。
おかしい、Bのいた方角に歩いてきたのにBがいない。
俺は焦った。さらに壁を折り返してゆっくりと進んだ。だがまた壁に行き着いた。
途方に暮れて泣きそうになった。
『Bどこだ』の一言を何度も飲み込んだ。
どうしていいかわからなくなり、その場に立ち尽くしたままAの腕を強く握った。
すると、今度はAが俺の腕を掴み、ソロソロと歩き出したんだ。
まず、Aは壁際まで行くと、掴んだ俺の腕を壁に触らせた。
そしてそのままゆっくりと壁沿いを移動し、角に着いたら進路を変えてまた壁沿いに歩く。
そうやっていくうちに、前を歩くAがぱたりと止まった。そして俺の腕をぐいっと引っ張ると、何か暖かいものに触れさせた。
それは小刻みに震える人の感触だった。
Bを見つけたと思った。
でもすぐ後に、これは本当にBなのか?という疑問が芽生えた。
よく考えたらAもそうだ。ずっと近くにいたが、実際俺の腕を掴んでいるのはAなのか?
俺は暗闇のせいで、完全に疑心暗鬼に陥っていた。
俺が無言でいると、Aはまた俺の腕を掴み、ソロソロと歩き出した。
俺はゆっくりとついていった。
すると、ほんの僅かだが、視界に光が見えるようになった。
不思議に思っていると、部屋にある隙間から少しだけ月の明かりが入ってきているのが目に入った。
Aはそこへ俺達を連れて行こうとしているのだと思った。
何故気づかなかったのか、今思っても不思議なんだ。
暗闇に目が慣れるというのを聞いたことがあったけど、恐怖に呑まれてそれどころじゃなかった。
ほんとに真っ暗だったんだ。
とにかく、その時俺はその光を見て心の底から救われた気持ちになった。
そしてAに感謝した。
後から聞いたんだが、
A「俺は見えもしなかったし、聞こえもしなかった。なんか引きずってる音は聞こえたんだけどな。
 でもそのおかげで、お前達よりは余裕があったのかも」
と言っていた。
大した奴だって思った。
光の下に来ると、Aの反対側の手にBの腕が握られているのが見えた。
月明かりで見えたBの顔は、汗と涙でぐっしょり濡れていた。
何があったのか、何を見たのか、聞くまでもなかった。
夜は昼と違ってすごく静かで、遠くで鈴虫が鳴いていた。
俺達はしばらくそこでじっとしていた。
恥ずかしながら、3人で互いに手を取り合う格好で座った。ちょうど円陣を組む感じで。
あの状態が一番安心できる形だったんだと思う。
そして何より、例え僅かな光でも、相手の姿がそこに確認できるだけで別次元のように感じられたんだ。

しばらくそうしていると、とうとう予想していたことが起きた。Aが催したのだ。
生理現象だから絶対に避けられないと思っていた。
Aは自分のズボンのポケットから坊さんに貰った布の袋をゴソゴソと取り出すと、立ち上がって俺達から少し離れた。
静寂の中、Aの出す音が響き渡る。
なんか、まぬけな音に若干気が抜けて、俺もBも顔を見合わせてニヤっとした。
その瞬間だった。
「Bくん」
AB俺『・・・』
一瞬にして体に緊張が走る。
するとまた聞こえた。
俺達がおんどうに入った扉のすぐ外側からだった。
「Bくん」
俺達は声の主が誰か一瞬で分かった。
今朝も聞いた美咲ちゃんの声だった。
「Bくんおにぎり作ってきたよ」
こちらの様子を伺うように、少し間を空けながら喋りかけてくる。
抑揚が全くなく、機械のようなトーンだった。
Bの手にぐっと力が入るのが分かった。
「Bくん」
「・・・」
しばらくの沈黙の後、突然関を切ったように、
「Bくんおにぎり作ってきたよ」
「いらっしゃいませ~」
「おにぎり作ってきたよ」
「Bくん」
「いらっしゃいませ~」
「おにぎり作ってきたよ」
と、同じ言葉を何度も何度も繰り返すようになった。
尋常じゃないと思った。
恐かった。美咲ちゃんの声なのに、すげー恐かった。
坊さんは、おんどうには誰も来ないと俺達に言っていた。
そしてこの無機質な喋り方だ。
扉の外にいるのは、絶対に美咲ちゃんじゃないと思った。
気づくとAが俺達の側に戻り、俺とBの腕を掴んだ。
力が入ってたから、こいつにも聞こえてるんだと思った。
俺達は3人で、おんどうの扉の方を見つめたまま動けなかった。
その間もその声は繰り返し続く。
「いらっしゃいませ~」
「Bくん」
「おにぎり作ってきたよ」
そしてとうとう、扉がガタガタと音を出して揺れ始めた。
おい、ちょ、待て。
扉の向こうのヤツは、扉をこじ開けて入ってくるつもりなんだと思った。
俺は扉が開いたらどうするかを咄嗟に考えた。
全速力で逃げる、坊さんたちは本堂にいるって言ってたからそこまで逃げて・・・おい本堂ってどこだ、とか。
もうここからどうやって逃げるかしか考えてなかった。
やがてそいつは、ガンガンと扉に体当たりするような音を立てだした。無機質な声で喋りながら。
そしてそのまま少しずつ、おんどうの壁に沿って左に移動し始めたんだ。
一定時間そうした後にまた左に移動する。その繰り返しだった。
何してるんだ・・?
不思議に思っていると、俺はあることに気づいた。
俺達のいる壁際には隙間が開いている。
そしてそいつは今そこにゆっくりと向かっている。
もし隙間から中が見えたら?
もし中からアイツの姿が見えたら?
そう考えると居ても立ってもいられなくなり、俺は2人を連れて急いで部屋の中央に移動した。
移動している。ゆっくりと、でも確実に。
心臓の音さえ止まれと思った。
ヤツに気づかれたくない。
いや、ここにいることはもう気づかれているのかもしれないけど。
恐怖で歯がガチガチといい始めた俺は、自分の指を思いっきり噛んだ。
そして俺は、隙間のある場所に差し掛かったそいつを見た。
見えたんだ。月の光に照らされたそいつの顔を、今まで音でしか感じられなかったそいつの姿を。
真っ黒い顔に、細長い白目だけが妙に浮き上がっていた。
そして体当たりだと思っていたあの音は、そいつが頭を壁に打ち付けている音だと知った。
そいつの顔が一瞬壁の隙間から消える。外でのけぞっているんだろう。
そしてその後すぐ、ものすごい勢いで壁にぶち当たるんだ。
壁にぶち当たる瞬間も白目をむき出しにしてるそいつから、俺は目が離せなくなった。
金縛りとは違うんだ、体ブルブル動いてたし。
ただ見たことのない光景に、目を奪われていただけなのかも知れないな。
あの勢いで頭を壁にぶつけながら、それでも淡々と喋り続けるそいつは、完全に生きた人間とはかけ離れていた。
結局、そいつは俺達が見えていなかったのか、
隙間の場所でしばらく頭を打ち付けた後、さらにまた左へ左へと移動していった。
俺の頭の中で残像が音とシンクロし、そいつが外で頭を打ち付けている姿が鮮明に想像できた。
正直なところ、そいつがどれくらいそこに居たのかを俺は全く覚えていない。
残像と現実の区別がつけられない状態だったんだ。
後から聞いた話だと、そいつがいなくなって静まりかえった後、3人ともずっと黙っていたらしい。
Aは警戒したから。
Bは恐怖のため動けなかったから。
そして俺は、残像の中で延長戦が繰り広げられていたから。
そんでAが俺を光の場所へ連れていこうと腕を掴んだ時、体の硬直が半端なくて一瞬死んだと思ったらしい。
本気で死後硬直だと思ったんだって。
BはBで、恐怖で歯を食いしばりすぎて歯茎から血を流してた。
Aだけはやっぱり姿を見ていなかった。
あと、そいつはそこから遠ざかって行く時、カラスのように「ア゛ーっア゛ー」と奇声を発していたらしい。
その声はAだけが聞いていたんだけど。
そいつの2度の襲来によって、その後の俺達の緊張の糸が緩むことはなかった。
ただ、神経を張り巡らせている分、体がついていかなかった。
みんな首を項垂れて、目を合わすことは一切無かった。
Bは催したものをそのまま垂れ流していたが、Aと俺はそれを何とも思わなかった。
あんなに夜が長いと思ったのは生まれて初めてだ。
憔悴しきった顔を見たのも、見せたのも、もちろん人でないものの姿を見たのも。
何もかも鮮明に覚えていて、今も忘れられない。

リゾートバイト 1
リゾートバイト 3

【洒落怖】【怖い話】リゾートバイト 1

これは俺が大学3年の時の話。

夏休みも間近にせまり、大学の仲間5人で海に旅行に行こうって計画を立てたんだ。
計画段階で、仲間の一人がどうせなら海でバイトしないかって言い出して、
俺も夏休みの予定なんて特になかったから、二つ返事でOKを出した。
そのうち2人は、なにやらゼミの合宿があるらしいとかで、バイトはNGってことに。
結局、5人のうち3人が海でバイトすることにして、
残り2人は旅行として俺達の働く旅館に泊まりに来ればいいべって話になった。

それで、まずは肝心の働き場所を見つけるべく、3人で手分けして色々探してまわることにした。
ネットで探してたんだが、結構募集してるもんで、友達同士歓迎っていう文字も多かった。
俺達はそこから、ひとつの旅館を選択した。
もちろんナンパの名所といわれる海の近く。そこはぬかりない。
電話でバイトの申し込みをした訳だが、それはもうトントン拍子に話は進み、
途中で友達と2日間くらい合流したいという申し出も、
『その分いっぱい働いてもらうわよ』という女将さんの一言で難なく決まった
計画も大筋決まり、テンションの上がった俺達は、そのまま何故か健康ランドへ直行し、
その後友達の住むアパートに集まって、風呂上りのツルピカンの顔で、ナンパ成功時の行動などを綿密に打ち合わせた。

そして仲間うち3人(俺含む)が旅館へと旅立つ日がやってきた。
初めてのリゾートバイトな訳で、緊張と期待で結構わくわくしてる僕的な俺がいた。

旅館に到着すると、2階建ての結構広めの民宿だった。
一言で言うなら、田舎のばーちゃんち。
『○○旅館』とは書いてあるけど、まあ民宿だった。○○荘のほうがしっくりくるかんじ。
入り口から声をかけると、中から若い女の子が笑顔で出迎えてくれた。
ここでグッとテンションが上がる俺。
旅館の中は、客室が4部屋、みんなで食事する広間が1つ、
従業員住み込み用の部屋が2つで計7つの部屋があると説明され、俺達ははじめ広間に通された。
しばらく待っていると、若い女の子が麦茶を持ってきてくれた。
名前は「美咲ちゃん」といって、この近くで育った女の子だった。
それと一緒に入ってきたのが、女将さんの「真樹子さん」。
恰幅が良くて笑い声の大きな、すげーいい人。もう少し若かったら俺惚れてた。
あと旦那さんもいて、計6人でこの民宿を切り盛りしていくことになった。

ある程度自己紹介とかが済んで、女将さんが言った。
「客室は、そこの右の廊下を突き当たって左右にあるからね。
 そんであんたたちの寝泊りする部屋は、左の廊下の突き当たり。
 あとは荷物置いてから説明するから、ひとまずゆっくりしてきな」
ふと友達が疑問に思ったことを聞いた。(友達をA・Bってことにしとく)
A「2階じゃないんですか?客室って」
すると女将さんは、笑顔で答えた。
「違うよ。2階は今使ってないんだよ」
俺達は、今はまだシーズンじゃないからかな?って思って、特に気に留めてなかった。
そのうち開放するんだろ、くらいに思って。

部屋について荷物を下ろして、部屋から見える景色とか見てると、本当に気が安らいだ。
これからバイトで大変かもしれないけど、こんないい場所でひと夏過ごせるのなら全然いいと思った。
ひと夏のあばんちゅーるも期待してたしね。
そうして俺達のバイト生活が始まった。

大変なことも大量にあったが、みんな良い人だから全然苦にならなかった。
やっぱ職場は人間関係ですな。

1週間が過ぎたころ、友達の一人がこう言った。
A「なあ、俺達良いバイト先見つけたよな」
B「ああ、しかもたんまり金はいるしな」
友達二人が話す中俺も、
俺「そーだな。でももーすぐシーズンだろ?忙しくなるな」
A「そういえば、シーズンになったら2階は開放すんのか?」
B「しねーだろ。2階って女将さんたち住んでるんじゃないのか?」
俺とAは「え、そうなの?」と声を揃える。
B「いやわかんねーけど。でも最近女将さん、よく2階に飯持ってってないか?」
A「知らん」
俺「知らん」
Bは夕時、玄関前の掃き掃除を担当しているため、2階に上がる女将さんの姿をよく見かけるのだという。
女将さんはお盆に飯を乗っけて、そそくさと2階へ続く階段に消えていくらしい。
その話を聞いた俺達は「へ~」「ふ~ん」みたいな感じで、別になんの違和感も抱いていなかった。

それから何日かしたある日、いつもどおり廊下の掃除をしていた俺なんだが、
見ちゃったんだ。客室からこっそり出てくる女将さんを。
女将さんは基本、部屋の掃除とかしないんだ。そうゆうのするのは全部美咲ちゃん。
だから余計に怪しかったのかもしれないけど。
はじめは目を疑ったんだが、やっぱり女将さんで、
その日一日もんもんしたものを抱えていた俺は、結局黙っていられなくて友達に話したんだ。
すると、Aが言ったんだよ、
A「それ、俺も見たことあるわ」
俺「おい、マジか。なんで言わなかったんだよ」
B「それ、俺ないわ」
俺「じゃー黙れ」
A「だってなんか用あるんだと思ってたし、それに、疑ってギクシャクすんの嫌じゃん」
俺「確かに」
俺達はそのとき、残り1ヶ月近くバイト期間があった訳で。
3人で見てみぬふりをするか否かで話し合ったんだ。
そしたらBが「じゃあ、女将さんの後ろつけりゃいいじゃん」ていう提案をした。
A「つけるってなんだよ。この狭い旅館でつけるって、現実的に考えてバレるだろ」
B「まーね」
俺「なんで言ったんだよ」
AB俺「・・・」
3人で考えても埒があかなかった。
来週には残りの2人がここに来ることになってるし、何事もなく過ごせば楽しく過ごせるんじゃないかって思った。
だけど俺ら男だし。3人組みだし?
ちょっと冒険心が働いて、「なにか不審なものを見たら報告する」ってことで、その晩は大人しく寝たわけ。

そしたら次の日の晩、Bがひとつ同じ部屋の中にいる俺達をわざとらしく招集。
お前が来いや!!と思ったが、渋々Bのもとに集まる。
B「おれさ、女将さんがよく2階に上がるっていったじゃん?あれ、最後まで見届けたんだよ。
 いつも女将さんが、階段に入っていくところまでしか見てなかったんだけど、
 昨日はそのあと出てくるまで待ってたんだよ。
 そしたらさ、5分くらいで降りてきたんだ」
A「そんで?」
B「女将さんていつも俺らと飯くってるよな?
 それなのに盆に飯のっけて2階に上がるってことは、誰かが上に住んでるってことだろ?」
俺「まあ、そうなるよな・・・」
B「でも俺らは、そんな人見たこともないし、話すら聞いてない」
A「確かに怪しいけど、病人かなんかっていう線もあるよな」
B「そそ。俺もそれは思った。でも5分で飯完食するって、結構元気だよな?」
A「そこで決めるのはどうかと思うけどな」
B「でも怪しくないか?お前ら怪しいことは報告しろっていったじゃん?だから報告した」
語尾がちょっと得意げになっていたので俺とAはイラっとしたが、そこは置いておいて、
確かに少し不気味だなって思った。
2階にはなにがあるんだろう?
みんなそんな思いでいっぱいだったんだ。
次の日、いつもの仕事を早めに済ませ、俺とAはBのいる玄関先へ集合した。
そして女将さんが出てくるのを待った。
しばらくすると女将さんは盆に飯を載せて出てきて、2階に上がる階段のドアを開くと、奥のほうに消えていった。
ここで説明しておくと、2階へ続く階段は玄関を出て外にある。
1階の室内から2階へ行く階段は、俺達の見たところでは確認できなかった。
玄関を出て壁伝いに進み角を曲がると、そこの壁にドアがある。
そこを開けると階段がある。わかりずらかったらごめん。

とりあえずそこに消えてった女将さんは、Bの言ったとおり5分ほど経つと戻ってきて、お盆の上の飯は空だった。
そして俺達に気づかないまま1階に入っていった。
B「な?早いだろ?」
俺「ああ、確かに早いな」
A「なにがあるんだ?上」
B「知らない。見に行く?」
A「ぶっちゃけ俺、今ちょーびびってるけど?」
B「俺もですけど?」
俺「とりあえず行ってみるべ」
そう言って、3人で2階に続く階段のドアの前に行ったんだ。
A「鍵とか閉まってないの?」
というAの心配をよそに、俺がドアノブを回すとすんなり開いた。
「カチャ」
ドアが数センチ開き、左端にいたBの位置からならかろうじて中が見えるようになったとき、
B「うっ」
Bが顔を歪めて手で鼻をつまんだ。
A「どした?」
B「なんか臭くない?」
俺とAにはなにもわからなかったんだが、Bは激しく匂いに反応していた。
A「おまえ、ふざけてるのか?」
Aはびびってるから、Bのその動作に腹が立ったらしく、
でもBはすごい真剣で「いやマジで。匂わないの?ドアもっと開ければわかるよ」と言った。
俺は意を決してドアを一気に開けた。
モアっと暖かい空気が中から溢れ、それと同時に埃が舞った。
俺「この埃の匂い?」
B「あれ?匂わなくなった」
A「こんな時にふざけんなよ。俺、なにかあったら絶対お前置いてくからな。今心に決めたわ」
と、びびるAは悪態をつく。
B「いやごめんって。でも本当に匂ったんだよ。なんていうか・・生ゴミの匂いっぽくてさ」
A「もういいって。気のせいだろ」
そんな二人を横目に、俺はあることに気づいた。
廊下がすごい狭い。人が一人通れるくらいだった。
そして電気らしきものが見当たらない。外の光でかろうじて階段の突き当たりが見える。
突き当たりにはもうひとつドアがあった。
俺「これ、上るとなるとひとりだな」
A「いやいやいや、上らないでしょ」
B「上らないの?」
A「上りたいならお前行けよ。俺は行かない」
B「おれも、むりだな」
AがBをどつく。
俺「結局行かねーのかよ。んじゃー、俺行ってみる」
AB「本気?」
俺「俺こういうの、気になったら寝れないタイプ。寝れなくて真夜中一人で来ちゃうタイプ。
 それ完全に死亡フラグだろ?だから、今行っとく。」
訳のわからない理由だったが、
俺の好奇心を考慮すれば、今AとBがいるこのタイミングで確認するほうがいいと思ったんだ。
でも、その好奇心に引けを取らずして恐怖心はあったわけで。
とりあえず俺一人行くことになったが、なにか非常事態が起きた場合は、
絶対に(俺を置いて)逃げたりせず、真っ先に教えてくれっていう話になったんだ。
ただし、何事もないときは、急に大声を出したりするなと。
もしそうしてしまったときは、命の保障はできないとも伝えた。俺のね。

そんでソロソロと階段を上りだす俺。
階段の中は外からの光が差し込み、薄暗い感じだった。
慎重に一段ずつ階段を上り始めたが、途中から「パキっ・・・パキっ」と音がするようになった。
何事かと思い、怖くなって後ろを振り返り、二人を確認する。
二人は音に気づいていないのか、じっとこちらを見て親指を立てる。『異常なし』の意味を込めて。
俺は微かに頷き、再度2階に向き直る。
古い家によくある、床の鳴る現象だと思い込んだ。
下の入り口からの光があまり届かないところまで上ると、好奇心と恐怖心の均衡が怪しくなってきて、
今にも逃げ帰りたい気分になった。
暗闇で目を凝らすと、突き当たりのドアの前に何かが立っている・・・かもしれないとか、
そういう『かもしれない思考』が本領を発揮しだした。
「パキパキパキっ・・」
この音も段々激しくなり、どうも自分が何かを踏んでいる感触があった。
虫か?と思った。背筋がゾクゾクした。
でも何かが動いている様子はなく、暗くて確認もできなかった。
何度振り返ったかわからないが、途中から下の二人の姿が逆光のせいか、薄暗い影に見えるようになった。
ただ親指はしっかり立てていてくれた。

そしてとうとう突き当たりに差し掛かったとき、強烈な異臭が俺の鼻を突いた。
俺はBとまったく同じ反応をした。
俺「うっ」
異様に臭い。生ゴミと下水の匂いが入り混じったような感じだった。
なんだ?なんだなんだなんだ?そう思って当たりを見回す。
その時、俺の目に飛び込んできたのは、突き当たり踊り場の角に大量に積み重ねられた飯だった。
まさにそれが異臭の元となっていて、何故気づかなかったのかってくらいに蝿が飛びかっていた。
そして俺は半狂乱の中、もうひとつあることを発見してしまう。
2階の突き当たりのドアの淵には、ベニヤ板みたいなのが無数の釘で打ち付けられていて、
その上から大量のお札が貼られていたんだ。
さらに、打ち付けた釘になんか細長いロープが巻きつけられてて、くもの巣みたいになってた。
俺、正直お札を見たのは初めてだった。
だからあれがお札だったと言い切れる自信もないんだが、大量のステッカーでもないだろうと思うんだ。
明らかに、なにか閉じ込めてますっていう雰囲気全開だった。
俺はそこで初めて、自分のしたことは間違いだったんだと思った。
帰ろう。そう思って踵を返して行こうとしたとき、
突然背後から「ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ」という音がしたんだ。
ドアの向こう側でなにか引っかいているような音だった。
そしてその後に、「ひゅー・・ひゅっひゅー」と不規則な呼吸音が聞こえてきた。
このときは本当に心臓が止まるかと思った。
そこに誰かいるの?誰?誰なの?
あの時の俺は、ホラー映画の脇役の演技を遥かに逸脱していたんじゃないかと思う。
そのまま後ろを見ずに行けばいいんだけど、あれって実際できないぞ。
そのまま行く勇気もなければ、振り返る勇気もないんだ。
そこに立ちすくむしかできなかった。
眼球だけがキョロキョロ動いて、冷や汗で背中はビッショリだった。
その間も「ガリガリガリガリガリガリ」「ひゅー・・ひゅっひゅー」って音は続き、
緊張で硬くなった俺の脚をどうにか動かそうと必死になった。
すると背後から聞こえていた音が一瞬やんで、シンっとなったんだ。
ほんとに一瞬だった。瞬きする間もなかったくらい。
すぐに「バンっ!」って聞こえて、「ガリガリガリガリガリガリ」って始まった。
信じられなかったんだけど、それはおれの頭の真上、天井裏聞こえてきたんだ。
さっきまでドアの向こう側で鳴っていたはずなのに、ソレが一瞬で頭上に移動したんだ。
足がブルブル震えだして、もうどうにもできないと思った。
心の中で、助けてって何度も叫んだ。
そんな中、本当にこれも一瞬なんだけど、視界の片隅に動くものが見えた。
あのときの俺は動くものすべてが恐怖で、見ようか見まいかかなり躊躇したんだが、
意を決して目をやると、それはAとBだった。
下から何か叫びながら手招きしている。
そこでやっとAとBの声が聞こえてきた。
A「おい!早く降りてこい!!」
B「大丈夫か?」
この瞬間一気に体が自由になり、我に返った俺は一目散に階段を駆け下りた。
あとで二人に聞いたんだが、俺はこの時目を瞑ったまま、一段抜かししながらものすごい勢いで降りてきたらしい。
駆け下りた俺は、とにかく安全な場所に行きたくて、そのままAとBの横を通りすぎ部屋に走っていったらしい。
この辺はあまり記憶がない。恐怖の記憶で埋め尽くされてるからかな。

部屋に戻ってしばらくすると、AとBが戻ってきた。
A「おい、大丈夫か?」
B「なにがあったんだ?あそこになにかあったのか?」
答えられなかった。というか、耳にあの音たちが残っていて、思い出すのが怖かった。
するとAが慎重な面持ちで、こう聞いてきた。
A「お前、上で何食ってたんだ?」
質問の意味がわからず聞き返した。
するとAはとんでもないことを言い出した。
A「お前さ、上についてすぐしゃがみこんだろ?
 俺とBで何してんだろって目を凝らしてたんだけど、なにかを必死に食ってたぞ。というか、口に詰め込んでた」
B「うん・・。しかもさ、それ・・」
AとBは揃って俺の胸元を見つめる。
なにかと思って自分の胸元を見ると、大量の汚物がくっついていた。
そこから、食物の腐ったような匂いがぷんぷんして、俺は一目散にトイレに駆け込み、胃袋の中身を全部吐き出した。
なにが起きているのかわからなかった。
俺は上に行ってからの記憶はあるし、あの恐怖の体験も鮮明に覚えている。
ただの一度もしゃがみこんでいないし、ましてやあの腐った残飯を口に入れるはずがない。
それなのに、確かに俺の服には腐った残飯がこびりついていて、よく見れば手にもソレを掴んだ形跡があった。
気が狂いそうになった。

俺を心配して見に来たAとB。
A「何があったのか話してくれないか?ちょっとお前尋常じゃない」
俺は恐怖に負けそうになりながらも、一人で抱え込むよりはいくらかましだと思い、
さっき自分が階段の突き当たりで体験したことをひとつひとつ話した。
AとBは、何度も頷きながら真剣に話を聞いていた。
二人が見た俺の姿と、俺自身が体験した話が完全に食い違っていても、最後までちゃんと聞いてくれたんだ。
それだけで安心感に包まれて泣きそうになった。
少しホッとしていると、足がヒリヒリすることに気づいた。
なんだ?と思って見てみると、細かい切り傷が足の裏や膝に大量にあった。
不思議に思って目を凝らすと、なにやら細かいプラスチックの破片ようなものが所々に付着していることに気づいた。
赤いものと、ちょっと黒みのかかった白いものがあった。
俺がマジマジと見ていると、
Bは「何それ?」と言ってその破片を手にとって眺めた。
途端、「ひっ」と言ってそれを床に投げ出した。
その動作につられてAと俺も体がビクってなる。
A「なんなんだよ?」
B「それ、よく見てみろよ」
A「なんだよ?言えよ恐いから!」
B「つ、爪じゃないか?」
瞬間、三人共完全に固まった。
AB俺「・・・」
俺はそのとき、ものすごい恐怖のそばで、何故か冷静にさっきまでの音を思い返していた。
ああ、あれ爪で引っかいてた音なんだ・・・
どうしてそう思ったかわからない。
だけど、思い返してみれば繋がらないこともないんだ。
階段を上るときに鳴っていた「パキパキ」っていう音も、何かを踏みつけていた感触も、
床に大量に散らばった爪のせいだったんじゃないか?って。
そしてその爪は、壁の向こうから必死に引っかいている何かのものなんじゃないか?って。
きっと、膝をついて残飯を食ったとき、恐怖のせいで階段を無茶に駆け下りたとき、
床に散らばる爪の破片のせいでケガをしたんだろう。
でも、そんなことはもうどうでもいい。
確かなことは、ここにはもういられないってことだった。
俺はAとBに言った。
俺「このまま働けるはずがない」
A「わかってる」
B「俺もそう思ってた」
俺「明日、女将さんに言おう」
A「言っていくのか?」
俺「仕方ないよ。世話になったのは事実だし、謝らなきゃいけないことだ」
B「でも、今回のことで女将さん怪しさナンバーワンだよ?
 もしあそこに行ったって言ったら、どんな顔するのか俺見たくない」
俺「バカ。言うはずないだろ。普通にやめるんだよ」
A「うん、そっちのほうがいいな」

そんなこんなで、俺たちはその晩のうちに荷物をまとめ、
男なのにむさくるしくて申し訳ないが、あまりの恐怖のため、布団を2枚くっつけてそこに3人で無理やり寝た。
めざしのように寄り添って寝た。
誰一人、寝息を立てるやつはいなかったけど。
そうして明日を迎えることになるんだ。

次の日、誰もほとんど口をきかないまま朝を迎えた。
沈黙の中、急に携帯のアラームが鳴った。いつも俺達が起きる時間だった。
Bの体がビクンってなって、相当怯えているのが伺えた。
Bは根がすごく優しいヤツだから、前の晩俺に言ったんだ。
B「ごめんな。俺なんかより、お前のほうが全然怖い思いしたよな。
 それなのに俺がこんなんでごめん。助けに行かなくて本当ごめん」
俺はそれだけで本当に嬉しくて目頭が熱くなった。
でもよくよく考えてみると、『俺なんかより怖い思い』ってなんだ?
実際に恐怖の体験をしたのは俺だし、AもBも下から眺めていただけだ。
もしかしてあれか?俺の階段を駆け下りる姿がマズかったか?
普通に考えて、俺の体験談が恐ろしかったってことか?
少し考えて、俺も大概、恐怖に呑まれて相手の言葉に過敏になりすぎてると思った。
こんな時だからこそ、早く帰ってみんなで残りの夏休みを楽しくゆっくり過ごそうと、そればかりを考えるようにした。

だが、その後のBの怯えようは半端なかった。
俺達がたてる音一つ一つに反応したり、俺の足の傷を食い入るようにじっと見つめたり、明らかに様子がおかしかった。
Aも普段と違うBを見て、多少びびりながらも心配したんだろう、
A「おい、大丈夫か?寝てないから頭おかしくなってんのか?」と問いかけながらBの肩を掴んだ。
するとBは急に「うるさいっ!!」と叫び、Aの腕をすごい勢いで振り払ったんだ。
Aと俺は一瞬沈黙した。
俺「おい、どうしたんだよ?」
Aは急のできごとに驚いて声を出せずにいた。
B「大丈夫かだって?大丈夫なわけねーだろ?俺も○○(俺の名前)も死ぬような思いしてんだよ。
 何にもわかってねーくせに心配したふりすんな!!」
Aを睨み付けながらそう叫んだ。
何を言ってるんだろうと思った。
Bの死ぬ思いってなんだ?俺の話を聞いて恐怖してたわけじゃないのか?
AとBは仲間内でも特に仲が良かったんだが、
その関係もAがBをいじる感じで、どんな悪ふざけにもBは怒らず調子を合わせていた。
だからBがAに声を荒げる場面なんか見たことなかったし、もちろん当の本人Aもそんな経験なかったんだと思う。
Aはこれも見たことないくらいにオロオロしていた。
俺は疑問に思ったことをBに問いかけた。
俺「死ぬ思いってなんだ?お前ずっと下にいたろ?」
B「いたよ。ずっと下から見てた」
そして少し黙ってから下を向いて言った。
B「今も見てる」
俺「・・・」
今も?え、何を?俺は訳がわからない。
全然わからないんだが、よくある話で、Bの気が狂ったんだと思った。何かに取り憑かれたんだと。
そんな思いをよそに、Bは震える口調で、でもしっかりと喋りだした。
B「あの時、俺は下にいたけど、でもずっと見てたんだ」
俺「上っていく俺だよな?」
B「違うんだ・・・いや、始めはそうだったんだけど。お前が階段を上りきったくらいから、見え出したんだ」
俺「・・・うん」
本当はこのとき俺の心の中は、聞きたくないという気持ちが大半を占めていた。
でもBは、もうこれ以上一人で抱えきれないという表情で、まるで前の日の自分を見ているようだったんだ。
あのとき、俺の話を最後までちゃんと聞いてくれたAとB、
あれで自分がどれだけ救われたかを考えると、俺には聞かなくちゃならない義務があるように思えた。
俺「何が、見えたんだ?」
B「・・・」
Bはまた少し黙りこみ、覚悟したように言った。
B「影・・・だと思う」
俺「影?」
B「うん。初めはお前の影だと思ってたんだ。
 けど、お前がしゃがみこんで残飯を食っている間にも、ずっと影は動いてたんだ。
 お前の影が小さくなるのはちゃんと見えたし、自分らの影も足元にあった。
 それで、それ以外に動き回る影が・・・3つ・・・いや、4つくらいあった」
俺は全身にぶわっと鳥肌が立つのを感じた。
どうかこれがBの冗談であってくれと思った。
しかし、今目の前にいるBは、とてもじゃないが冗談を言っているように見えなかった。
むしろ、冗談という言葉を口に出したとたんに殴りかかってくるんじゃないかってくらいに真剣だった。
俺「あそこには、俺しかいなかった」
B「わかってる」
俺「そもそも、あのスペースに人が4,5人も入って動き回れるはずない」
あの階段は人が一人通れる位のスペースだったんだ。
B「あれは人じゃない。それ位わかるだろ」
俺「・・・」
B「それに、どう考えても人じゃ無理だ」
Bはポツリと言った。
俺「どういうことだ?」
B「全部、壁に張り付いてた」
俺「え?」
B「蜘蛛みたいに、全部壁の横とか上に張り付いてたんだ。
 それで、もぞもぞ動いてて、それで、それで・・・」
自分の見た光景を思い出したのか、Bの呼吸が荒くなる。
俺「落ち着け!深呼吸しろ。な?大丈夫だみんないる」
Bはしばらく興奮状態だったが、落ち着きを取り戻してまた話しだした。
B「あれは人じゃない。いや、元から人じゃないんだけど、形も人じゃない。
 いや、人の形はしてるんだけど、違うんだ」
Bが何を言いたいのかなんとなくわかった俺は、
俺「人間の形をしたなにかが、壁に張り付いてたってことか?」と聞いた。
Bは黙って頷いた。
口から飛び出そうなくらいに心臓の鼓動が激しくなった。
とっさに、Bが見たのは影じゃないと思った。
影が横や上の天井を動き回るのは不自然だ。
仮にそれが影だったとしても、確実にそこに何かがいたから影ができたんだ。
それくらいバカの俺でもわかる。
ということは、俺は自分の周りで這い回る何かに気づかず、しかも腐った残飯をモリモリと食べていたってことなのか?
あの音は・・?
あのガリガリと壁を引っかく音は、壁やドアの向こう側からじゃなくて、俺のいる側のすぐそばで鳴っていたということか?
あの呼吸音も?
恐怖のあまり頭がクラクラした。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、Bは傍に立っていたAに向き直り、
B「ごめん、さっきは取り乱して。悪かった」と謝った。
A「いや、大丈夫・・こっちこそごめんな」
Aもすかさず謝った。

その後なんとなく気まずい雰囲気だったが、俺は平静を保つのに必死だった。無意味に深呼吸を繰り返した。
そんな中Aが口を開いた。
A「お前さ、さっき今も見てるっていったけど」
BはAが言い終わらないうちに答えた。
B「ああ、ごめん。あれはちょっと、錯乱してたんだわ。ははっごめん、今は大丈夫」
そういったBの笑顔は、完全に作り笑いだった。
明らかに無理した笑顔で、目はどこか違うところを見ているようだった。

関係ないんだが、このとき何故かものすごい印象的だったのは、Bの目の下がピクピクいってたことだ。
こんなん何人かに一人はよくあることだよな?
だけど無理して笑う人の目の下ピクピクは、結構くるものがあるぞ。

話を戻すと、Aと俺はそれ以上聞かなかった。
臆病者だと思われても仕方ない。だけど怖くて聞けなかったんだ。
ちょっと考えてみろ、ここまで話したBが敢えて何かを隠すんだぞ。
絶対無理だろ。聞いたら、俺の心臓砕け散るだろ。それこそ俺が発狂するわ。

少しの沈黙のあと、広間のほうから美咲ちゃんが朝飯の時間だと俺達を呼んだ。
3人で話している間に結構な時間が過ぎていたらしい。
正直、食欲などあるはずもなく。だが不審に思われるのは嫌だったし、行くしかないと思った。
俺はのっそりと立ち上がり、二人に言った。
俺「なるべく早いほうがいいよな。朝飯食い終わったら言おう」
A「そうだな」
B「俺、飯いいや。Aさ、ノートPCもってきてたよな?ちょっと貸してくれないか?」
A「いいけど、朝飯食えよ」
B「ちょっと調べたいことがあるんだ。あんまり時間もないし、悪いけど二人でいってきて」
俺「了解。美咲ちゃんに頼んで、おにぎり作ってもらってきてやるよ」
B「うん、ありがと」
A「パソコンは俺のカバンの中に入ってる。勝手に使っていいよ。ネットも繋がるから」
そう言って俺達はそのまま広間に行った。
後から考えると、辞めるその日の朝飯食うってどうなの?
他人がやってたら絶対突っ込むくせして、俺らふっつーに食べたんだが。

広間に着くと、女将さんが俺らを見て、更には俺の足元をみて、満面の笑顔で聞いてきたんだ。
「おはよう、よく眠れた?」って。
そんな言葉、初日以来だったし、昨日のこともあったからすごい不気味だった。
びびった俺は直立不動になってしまったわけだが、
Aが「はい。すみません遅れて」と返事をしながら、俺のケツをパンと叩いた。
体がスっと動いた。
いつも人一倍びびってたAに、助け舟を出してもらうとは思わなかったから、正直驚いた。
そしてBが体調不良のためまだ部屋で寝ていることを伝え、美咲ちゃんにおにぎりを作ってもらえるよう頼んだ。
「あ、いいですよ。それよりBくん、今日は寝てたほうがいいんじゃ」
美咲ちゃんは心配そうにそう言った。
Aと俺は特に何も言わず席についた。
『もう辞めるから大丈夫』とは言えないからな。

朝飯を食っている間、女将さんはずっとニコニコしながら俺を見てた。
箸が完全に止まってるんだ。俺ときどき飯、みたいな。
美咲ちゃんも旦那さんもその異様な光景に気づいたのか、チラチラ俺と女将さんを見てた。
Aは言うまでもなく凝固。
凄まじく気分の悪くなった俺達は朝飯を早々に切り上げて、女将さん達に話をするため部屋にBを呼びに行った。

部屋に戻る途中、Bの話し声が聞こえてきた。
どうやらどこかに電話をしているようだった。
俺達は電話中に声をかけるわけにもいかなかったので、部屋に入り座って電話が終わるのを待った。
B「はい、どうしても今日がいいんです。・・・・はい、ありがとうございます!
 はい、はい、必ず伺いますのでよろしくお願いします」
そう言って電話を切った。
どうやらBは、ここから帰ってすぐどこかへ行く予定を立てたらしい。
俺もAも別に詮索するつもりはなかったんで何も聞かず、すぐにBを連れて広間に向かった。

広間に戻ると、美咲ちゃんが朝飯の片付けをしていた。女将さんはいなかった。
俺はふと思った。
あそこに行ってるんじゃないか?って。
盆に飯のっけて、2階への階段に消えていったあの女将さんの後姿がフラッシュバックした。
きっとあの時持って行った飯は、あの残飯の上に積み重ねてあったんだろう。
そうして何日も何日も繰り返して、あの山ができたんだろうな。
一体あれは何のためなんだ?
俺の頭に疑問がよぎった。
けど、そんなこと考えるまでもないとすぐに思い直した。
俺は今日で辞めるんだ。ここともおさらばするんだ。すぐに忘れられる。忘れなきゃいけない。
心の中で自分に言い聞かせた。
Aが女将さんの居場所を美咲ちゃんに尋ねた。
「女将さんならきっと、お花に水やりですね。すぐ戻ってきますよ」
そう言って美咲ちゃんはBの方を見て、「Bくん、すぐおにぎり作るからまっててね」と笑顔で台所に引っ込んだ。
ああ、美咲ちゃん・・・何もなければきっと俺は美咲ちゃんとひと夏のあばん(ry
俺達は女将さんが戻ってくるのを待った。

しばらくすると女将さんは戻ってきて、仕事もせずに広間に座り込む俺達を見て、
「どうしたのあんたたち?」とキョトンとした顔をしながら言った。
俺は覚悟を決めて切り出した。
俺「女将さん、お話があるんですけど、ちょっといいですか?」
女将さんは「なんだい?深刻な顔して」と俺達の前に座った。
俺「勝手を承知で言います。俺達、今日でここを辞めさせてもらいたいんです」
AとBもすぐ後に「お願いします」と言って頭を下げた。
女将さんは表情ひとつ変えずにしばらく黙っていた。
俺はそれがすごく不気味だった。
眉ひとつ動かさないんだ。まるで予想していたかのような表情で。
そして沈黙の後、「そうかい。わかった、ほんとにもうしょうがない子たちだよ~」と言って笑った。

そして給料の話、引き上げる際の部屋の掃除などの話を一方的に喋り、
用意ができたら声をかけるようにと俺達に言ったんだ。
拍子抜けするくらいにすんなり話が通ったことに、三人とも安堵していた。
だけど、心のどこかでなんかおかしいと思う気持ちもあったはずだ。

リゾートバイト 2
リゾートバイト 3

【洒落怖】【怖い話】やってくる

漏れにはちょっと変な趣味があった。 
その趣味って言うのが、夜中になると家の屋上に出てそこから双眼鏡で自分の住んでいる街を観察すること。 
いつもとは違う、静まり返った街を観察するのが楽しい。 
遠くに見えるおおきな給水タンクとか、 
酔っ払いを乗せて坂道を登っていくタクシーとか、 
ぽつんと佇むまぶしい自動販売機なんかを見ていると妙にワクワクしてくる。 

漏れの家の西側には長い坂道があって、それがまっすぐ漏れの家の方に向って下ってくる。 
だから屋上から西側に目をやれば、その坂道の全体を正面から視界に納めることができるようになってるわけね。 
その坂道の脇に設置されてる自動販売機を双眼鏡で見ながら「あ、大きな蛾が飛んでるな~」なんて思っていたら、 
坂道の一番上のほうから物凄い勢いで下ってくる奴がいた。 
「なんだ?」と思って双眼鏡で見てみたら全裸でガリガリに痩せた子供みたいな奴が、 
満面の笑みを浮かべながらこっちに手を振りつつ、猛スピードで走ってくる。 
奴はあきらかにこっちの存在に気付いているし、漏れと目も合いっぱなし。 
ちょっとの間、あっけに取られて呆然と眺めていたけど、 
なんだか凄くヤバイことになりそうな気がして、急いで階段を下りて家の中に逃げ込んだ。 

ドアを閉めて、鍵をかけて「うわーどうしようどうしよう、なんだよあれ!!」って怯えていたら、 
ズダダダダダダッって屋上への階段を上る音が。明らかに漏れを探してる。 
「凄いやばいことになっちゃったよ、どうしよう、まじで、なんだよあれ」って心の中でつぶやきながら、 
リビングの真中でアイロン(武器)を両手で握って構えてた。 
しばらくしたら、今度は階段をズダダダダッって下りる音。 
もう、バカになりそうなくらいガタガタ震えていたら、 
ドアをダンダンダンダンダンダン!!って叩いて、チャイムをピンポンピンポン!ピポポン!ピポン!!と鳴らしてくる。 
「ウッ、ンーッ!ウッ、ンーッ!」って感じで、奴のうめき声も聴こえる。 
心臓が一瞬とまって、物凄い勢い脈打ち始めた。 
さらにガクガク震えながら息を潜めていると、 
数十秒くらいでノックもチャイムもうめき声止んで、元の静かな状態に……。 
日が昇るまでアイロンを構えて硬直していた。 
あいつはいったい何者だったんだ。 

【洒落怖】【怖い話】リョウメンスクメ

俺、建築関係の仕事やってんだけれども、先日、岩手県のとある古いお寺を解体することに 
なったんだわ。今は利用者もないお寺ね。んでお寺ぶっ壊してると、同僚が俺を呼ぶのね。 
「~、ちょっと来て」と。俺が行くと、同僚の足元に、黒ずんだ長い木箱が置いてたんだわ。 

俺「何これ?」 
同僚「いや、何かなと思って・・・本堂の奥の密閉された部屋に置いてあったんだけど、 
   ちょっと管理してる業者さんに電話してみるわ」 

木箱の大きさは2mくらいかなぁ。相当古い物みたいで、多分木が腐ってたんじゃないかな。 
表に白い紙が貼り付けられて、何か書いてあるんだわ。相当昔の字と言う事は分ったけど、 
凡字の様な物も見えたけど、もう紙もボロボロで何書いてるかほとんどわからない。 
かろうじて読み取れたのは、 

「大正??年??七月??ノ呪法ヲモッテ、両面スクナヲ???二封ズ」 

的な事が書いてあったんだ。木箱には釘が打ち付けられてて開ける訳にもいかず、 
業者さんも「明日、昔の住職に聞いてみる」と言ってたんで、その日は木箱を近くの 
プレハブに置いておく事にしたんだわ。 

んで翌日。解体作業現場に着く前に、業者から電話かかってきて、 

業者「あの木箱ですけどねぇ、元住職が、絶対に開けるな!!って凄い剣幕なんですよ・・・ 
   なんでも自分が引き取るって言ってるので、よろしくお願いします」 

俺は念のため、現場に着く前に現場監督に木箱の事電話しておこうと思い、 

俺「あの~、昨日の木箱の事ですけど」 
監督「あぁ、あれ!お宅で雇ってる中国人(留学生)のバイト作業員2人いるでしょ? 
    そいつが勝手に開けよったんですわ!!とにかく早く来てください」 

嫌な予感がし、現場へと急いだ。プレハブの周りに、5~6人の人だかり。 
例のバイト中国人2人が放心状態でプレハブの前に座っている。 

監督「こいつがね、昨日の夜中、仲間と一緒に面白半分で開けよったらしいんですよ。 
    で、問題は中身なんですけどね・・・ちょっと見てもらえます?」 

単刀直入に言うと、両手をボクサーの様に構えた人間のミイラらしき物が入っていた。 
ただ異様だったのは・・・頭が2つ。シャム双生児?みたいな奇形児いるじゃない。 
多分ああいう奇形の人か、作り物なんじゃないかと思ったんだが・・・ 

監督「これ見てね、ショック受けたんか何か知りませんけどね、この2人何にも喋らないんですよ」 

中国人2人は俺らがいくら問いかけても、放心状態でボーっとしていた(日本語はかなり話せるのに)。 

そのミイラは 「頭が両側に2つくっついてて、腕が左右2本ずつ、足は通常通り2本」という 
異様な形態だったのね。俺もネットや2ちゃんとかで色んな奇形の写真見たこと 
あったんで、そりゃビックリしたけど、「あぁ、奇形か作りもんだろうな」と思ったわけね。 

んで、例の中国人2人は一応病院に車で送る事になって、警察への連絡はどうしようか、 
って話をしてた時に、元住職(80歳超えてる)が息子さんが運転する車で来た。開口一番、 

住職「空けたんか!!空けたんかこの馬鹿たれが!!しまい、空けたらしまいじゃ・・・」 

俺らはあまりの剣幕にポカーンとしてたんだけど、住職が今度は息子に怒鳴り始めた。 
岩手訛りがキツかったんで標準語で書くけど、 

住職「お前、リョウメンスクナ様をあの時、京都の~寺(聞き取れなかった)に絶対送る 
   言うたじゃろが!!送らんかったんかこのボンクラが!!馬鹿たれが!!」 

ホント80過ぎの爺さんとは思えないくらいの怒声だった。 

住職「空けたんは誰?病院?その人らはもうダメ思うけど、一応アンタらは祓ってあげるから」 

俺らも正直怖かったんで、されるがままに何やらお経みたいの聴かされて、経典みたいなので 
かなり強く背中とか肩とか叩かれた。結構長くて30分くらいやってたかな。 
住職は木箱を車に積み込み、別れ際にこう言った。 

「可哀想だけど、あんたら長生きでけんよ」 

その後、中国人2人の内1人が医者も首をかしげる心筋梗塞で病室で死亡、 
もう1人は精神病院に移送、解体作業員も3名謎の高熱で寝込み、俺も釘を足で 
踏み抜いて5針縫った。まったく詳しい事は分らないが、俺が思うにあれは 
やはり人間の奇形で、差別にあって恨みを残して死んでいった人なんじゃないかと思う。 
だって物凄い形相してたからね・・・その寺の地域も昔部落の集落があった事も 
何か関係あるのかな。無いかもしれないけど。長生きはしたいです

俺だってオカ板覗くらいだから、こういう事には 
興味しんしんなので、真相が知りたく何度も住職に連絡取ったんだけど、完全無視でした。 
しかし、一緒に来てた息子さん(50過ぎで不動産経営)の連絡先分ったんで、 
この人は割と明るくて派手めの人なんで、もしかしたら何か聞けるかも?と思い 
今日の晩(夜遅くだけど)飲みに行くアポとれました。何か分ったら明日にでも書きますわ 

リョウメンスクナの話、「宗像教授伝奇考」という漫画に出てきた覚えがある。 
スクナ族という、恐らく大昔に日本へ来た外国人ではないかと思われる人が、太古の 
日本へ文化を伝えた。それが出雲圏の文化形成となり、因幡の白ウサギの伝説も 
オオクニヌシノミコトの国造りの話もこれをモチーフとした話だろう、と。 
そして大和朝廷による出雲の侵略が起こり、追われたスクナ族がたどり着いた 
のが今の飛騨地方だった。 
日本書紀によれば、飛騨にスクナという怪物がおり、人々を殺したから兵を送って 
退治した、という話が書かれている、と。 

つまり、スクナというのは大和朝廷以前の時代に日本へ文化を伝えた外来人の 
ことで、恐らくは古代インドの製鉄を仕事とする(そして日本へ製鉄を伝えたで 
あろう)人々のことではないかと書かれていた。 
そして、出雲のある場所で見つけた洞窟の奥にあったものが、 

  「リョウメンスクナ」(両面宿儺) 

の像だった、とあった。 


>>
スクナ族は、日本へ羅魔船(カガミノフネ)で来た、と書かれ、鏡のように 
黒光する船であったとのこと。羅魔は「ラマ」で、黒檀系の木の名である、 
と書かれていたけど、黒ずんだ長い木箱とあったので、これももしかすると 
ラマなのかも・・・? 
とすると、リョウメンスクナ様も、逃げ延びて岩手地方に来たスクナ族の 
末裔なのかもしれないな。 

・・・と、オカ板的にはあわない内容かも、と思いつつ書いてみたが。 
。 

>>
すんません。直前になって何か「やはり直接会って話すのは・・・」とか言われたんで、 
元住職の息子さんに「じゃあ電話でなら・・・」「話せるとこまでですけど」と言う 
条件の元、話が聞けました。時間にして30分くらい結構話してもらったんですけどね。 
なかなか話し好きなオジサンでした。要点を主にかいつまんで書きます。 

息子「ごめんねぇ。オヤジに念押されちゃって。本当は電話もヤバイんだけど」 
俺「いえ、こっちこそ無理言いまして。アレって結局何なんですか??」 
息子「アレは大正時代に、見世物小屋に出されてた奇形の人間です」 
俺「じゃあ、当時あの結合した状態で生きていたんですか?シャム双生児みたいな?」 
息子「そうです。生まれて数年は、岩手のとある部落で暮らしてたみたいだけど、生活に窮した 
   親が人買いに売っちゃったらしくて。それで見世物小屋に流れたみたいですね」 
俺「そうですか・・・でもなぜあんなミイラの様な状態に??」 
息子「正確に言えば、即身仏ですけどね」 
俺「即身仏って事は、自ら進んでああなったんですか!?」 
息子「・・・君、この事誰かに話すでしょ?」 
俺「正直に言えば・・・話したいです」 
息子「良いよ君。正直で(笑) まぁ私も全て話すつもりはないけどね・・・ 
   アレはね、無理やりああされたんだよ。当時、今で言うとんでもないカルト教団が 
   いてね。教団の名前は勘弁してよ。今もひっそり活動してると思うんで・・・」 
俺「聞けば、誰でもああ、あの教団って分りますか?」 
息子「知らない知らない(笑)極秘中の極秘、本当の邪教だからね」 
俺「そうですか・・・」
息子「この教祖がとんでもない野郎でね。外法(げほう)しか使わないんだよ」 
俺「外法ですか?」 
息子「そう、分りやすく言えば(やってはいけない事)だよね。ちょっと前に真言立川流が、 
   邪教だ、外法だ、って叩かれたけど、あんな生易しいもんじゃない」 
俺「・・・具体的にどんな?」 
息子「で、当時の資料も何も残ってないし偽名だし、元々表舞台に出てきたヤツでもないし、 
   今教団が存続してるとしても、今現在の教祖とはまったく繋がりないだろうし、 
   名前言うけどさ・・・物部天獄(もののべてんごく)。これが教祖の名前ね」 
俺「物部天獄。偽名ですよね?」 
息子「そうそう、偽名。んで、この天獄が例の見世物小屋に行った時、奇形数名を 
   大枚はたいて買ったわけよ。例のシャム双生児?って言うの?それも含めて」 
俺「・・・それで?」 
息子「君、コドクって知ってる?虫に毒って書いて、虫は虫3つ合わせた特殊な漢字だけど」 
俺「壺に毒虫何匹か入れて、最後に生き残った虫を使う呪法のアレですか?(昔マンガに載ってたw)」 
息子「そうそう!何で知ってるの君??凄いね」 
俺「ええ、まぁちょっと・・・それで?」 
息子「あぁ、それでね。天獄はそのコドクを人間でやったんだよ」 
俺「人間を密室に入れて??ウソでしょう」 
息子「(少し機嫌が悪くなる)私もオヤジから聞いた話で、100%全部信じてるわけじゃ 
   ないから・・・もう止める?」 
俺「すみません!・・・続けてください」 
息子「分った。んで、それを例の奇形たち数人でやったわけさ。教団本部か何処か 
   知らないけど、地下の密室に押し込んで。それで例のシャム双生児が生き残ったわけ」 
俺「閉じ込めた期間はどのくらいですか?」 
息子「詳しい事は分らないけど、仲間の肉を食べ、自分の糞尿を食べてさえ生き延びねば 
   ならない期間、と言ったら大体想像つくよね」 
俺「あんまり想像したくないですけどね・・・」 

息子「んで、どうも最初からそのシャム双生児が生き残る様に、天獄は細工したらしい 
   んだ。他の奇形に刃物か何かで致命傷を負わせ、行き絶え絶えの状態で放り込んだ 
   わけ。奇形と言ってもアシュラ像みたいな外見だからね。その神々しさ(禍々しさ?)に 
   天獄は惹かれたんじゃないかな」 
俺「なるほど・・・」 
息子「で、生き残ったのは良いけど、天獄にとっちゃ道具に過ぎないわけだから、 
   すぐさま別の部屋に1人で閉じ込められて、餓死だよね。そして防腐処理を 
   施され、即身仏に。この前オヤジの言ってたリョウメンスクナの完成、ってわけ」 
俺「リョウメンスクナって何ですか?」 

神話の時代に近いほどの大昔に、 リョウメンスクナと言う、2つの顔、4本の手をもつ怪物がいた、と言う 
伝説にちなんで、例のシャム双生児をそう呼ぶ事にしたと、言っていた。 

俺「そうですか・・・」 
息子「そのリョウメンスクナをね、天獄は教団の本尊にしたわけよ。呪仏(じゅぶつ) 
   としてね。他人を呪い殺せる、下手したらもっと大勢の人を呪い殺せるかも 
   知れない、とんでもない呪仏を作った、と少なくとも天獄は信じてたわけ」 
俺「その呪いの対象は?」 
息子「・・・国家だとオヤジは言ってた」 
俺「日本そのものですか?頭イカレてるじゃないですか、その天獄って」 
息子「イカレたんだろうねぇ。でもね、呪いの効力はそれだけじゃないんだ。 
   リョウメンスクナの腹の中に、ある物を入れてね・・・」 
俺「何です?」 
息子「古代人の骨だよ。大和朝廷とかに滅ぼされた(まつろわぬ民)、いわゆる 
   朝廷からみた反逆者だね。逆賊。その古代人の骨の粉末を腹に入れて・・・」 
俺「そんなものどこで手に入れて・・・!?」 
息子「君もTVや新聞とかで見たことあるだろう?古代の遺跡や墓が発掘された時、 
   発掘作業する人たちがいるじゃない。当時はその辺の警備とか甘かったらしい 
   からね・・・そういう所から主に盗ってきたらしいよ」

俺「にわかには信じがたい話ですよね・・・」 
息子「だろう?私もそう思ったよ。でもね、大正時代に主に起こった災害ね、 
   これだけあるんだよ」 

 1914(大正3)年:桜島の大噴火(負傷者 9600人) 
 1914(大正3)年:秋田の大地震(死者 94人) 
 1914(大正3)年:方城炭鉱の爆発(死者 687人) 
 1916(大正5)年:函館の大火事 
 1917(大正6)年:東日本の大水害(死者 1300人) 
 1917(大正6)年:桐野炭鉱の爆発(死者 361人) 
 1922(大正11)年:親不知のナダレで列車事故(死者 130人) 

そして、1923年(大正12年)9月1日、関東大震災、死者・行方不明14万2千8百名 

俺「それが何か?」 
息子「全てリョウメンスクナが移動した地域だそうだ」 
俺「そんな!教団支部ってそんな各地にあったんですか?と言うか、偶然でしょう(流石に笑った)」 
息子「俺も馬鹿な話だと思うよ。で、大正時代の最悪最大の災害、関東大震災の日ね。 
    この日、地震が起こる直前に天獄が死んでる」 
俺「死んだ?」 
息子「自殺、と聞いたけどね。純粋な日本人ではなかった、と言う噂もあるらしいが・・・」 
俺「どうやって死んだんですか?」 
息子「日本刀で喉かっ斬ってね。リョウメンスクナの前で。それで血文字で遺書があって・・・」 
俺「なんて書いてあったんですか??」 

日      本      滅      ブ    ベ    シ

俺「・・・それが、関東大震災が起こる直前なんですよね?」 
息子「そうだね」 
俺「・・・偶然ですよね?」 
息子「・・・偶然だろうね」 
俺「その時、リョウメンスクナと天獄はどこに・・・??」 
息子「震源に近い相模湾沿岸の近辺だったそうだ」 
俺「・・・その後、どういう経由でリョウメンスクナは岩手のあのお寺に?」 
息子「そればっかりはオヤジは話してくれなかった」 
俺「あの時、住職さんに(なぜ京都のお寺に輸送しなかったんだ!)みたいな事を 
  言われてましたが、あれは??」 
息子「あっ、聞いてたの・・・もう30年前くらいだけどね、私もオヤジの後継いで坊主に 
   なる予定だったんだよ。その時に俺の怠慢というか手違いでね・・・その後、 
   あの寺もずっと放置されてたし・・・話せることはこれくらいだね」 
俺「そうですか・・・今リョウメンスクナはどこに??」 
息子「それは知らない。と言うか、ここ数日オヤジと連絡がつかないんだ・・・ 
   アレを持って帰って以来、妙な車に後つけられたりしたらしくてね」 
俺「そうですか・・・でも全部は話さないと言われたんですけど、なぜここまで 
  詳しく教えてくれたんですか?」 
息子「オヤジがあの時言ったろう?可哀想だけど君たち長生きできないよ、ってね」 
俺「・・・」 
息子「じゃあこの辺で。もう電話しないでね」 
俺「・・・ありがとうございました」 


以上が電話で話した、かいつまんだ内容です・・・はっきり言って全ては信じてません。 

【洒落怖】【怖い話】リアル

何かに取り憑かれたり狙われたり付きまとわれたりしたら、マジで洒落にならんことを最初に言っておく。 
もう一つ俺の経験から言わせてもらうと、一度や二度のお祓いをすれば何とかなるって事はまず無い。 
長い時間かけてゆっくり蝕まれるからね。 
祓えないって事の方が多いみたいだな。 

俺の場合は大体2年半位。 
一応、断っておくと五体満足だし人並みに生活できてる。 
ただ、残念ながら終わったかどうかって点は定かじゃない。 

まずは始まりから書くことにする。 
当時俺は23才。 社会人一年目って事で新しい生活を過ごすのに精一杯な頃だな。
会社が小さかったから当然同期も少ない、必然的に仲が良くなる。 
その同期に東北地方出身の○○って奴がいて、
こいつがまた色んな事を知ってたりやけに知り合いが多かっりした訳。 

で、よくこれをしたら××になるとか△△が来るとかって話あるじゃない? 
あれ系の話はほとんどガセだと思うんだけど、
幾つかは本当にそうなってもおかしくないのがあるらしいのよ。 
そいつが言うには何か条件が幾つかあって、偶々揃っちゃうと起きるんじゃないかって。 
俺の時は、まぁ悪ふざけが原因だろうな。 

当時は車を買ってすぐだったし、一人暮らし始めて間もないし、
何よりバイトとは比べ物にならない給料が入るんで週末は遊び呆けてた。 
8月の頭に、ナンパして仲良くなった子達と○○、
そして俺の計4人で所謂心霊スポットなる場所に肝試しに行ったわけさ。 
その場は確かに怖かったし、寒気もしたし何かいるような気がしたりとかあったけども、
特に何も起こらず、まぁスリルを満喫して帰った訳だ 
3日後だった。 
当時の会社は上司が帰るまで新人は帰れないって暗黙のルールがあって、毎日遅くなってた。 
疲れて家に帰って来て、ほんと今思い出しても理解出来ないのだが、
部屋の入口にある姿見の前で、「してはいけないこと」をやったんだ。 
試そうとか考えた訳ではなく、ふと思い付いただけだったと思う。 

少し細かな説明をする。当時の俺の部屋は駅から徒歩15分、八畳1R、玄関から入ると細い廊下がありその先に八畳分の部屋がある。 姿見は部屋の入口、つまり廊下と部屋の境目に置いていた。 
俺が○○から聞いていたのは、鏡の前で△をしたまま右を見ると◆が来るとか言う話だった。 
体勢的にちょっとお辞儀をしているような格好になる。 
「来るわけねぇよな」なんて呟きながら、お辞儀のまま右向いた時だった。 

部屋の真ん中辺りに何かいた。 見た目は明らかに異常。 
多分160センチ位だったと思う。髪はバッサバサで腰まであって、簾みたいに顔にかかってた。
っつーか顔にはお札みたいなのが何枚も貼ってあって見えなかった。
なんて呼ぶのか分からないけど、亡くなった人に着せる白い和服を来て、小さい振り幅で左右に揺れてた。 
俺はと言うと…、固まった。声も出なかったし一切体は動かなかったけど、
頭の中では物凄い回転数で起きていることを理解しようとしてたと思う。 

想像して欲しい。 

狭い1Rに、音もない部屋の真ん中辺りに何かいるって状態を。 
頭の中では原因は解りきっているのに起きてる事象を理解出来ないって混乱が渦を巻いてる。 

とにかく異常だぞ? 灯りをつけてたけど、逆にそれが怖いんだ。 
いきなり出てきたそいつが見えるから。 そいつの周りだけ青みがかって見えた。 
時間が止まったと錯覚するくらい静かだったな。 
とりあえず俺が出した結論は「部屋から出る」だった。 
足元にある鞄を、何故かゆっくりと、慎重に手に取った。 
そいつからは目が離せなかった。 目を離したらヤバいと思った。 
後退りしながら廊下の半分(普通に歩いたら三歩くらいなのに、かなり時間がかかった)を過ぎた辺りでそいつが体を左右に振る動きが少しずつ大きくなり始めた。 

と同時に何か呻き声みたいなのを出し始めた。 
そこから先は、実はあんまり覚えてない。気が付くと駅前のコンビニに入ってた。 
兎にも角にも、人のいるコンビニに着いて安心した。
ただ頭の中は相変わらず混乱してて「何だよアレ」って怒りにも似た気持ちと、
「鍵閉め忘れた」って変なとこだけ冷静な自分がいた。 
結局その日は部屋に戻る勇気は無くて一晩中ファミレスで朝を待った。 

空が白み始めた頃、恐る恐る部屋のドアを開けた。良かった。消えてた。 
部屋に入る前に、もっかい外に出て缶コーヒーを飲みながら一服した。 
実は何もいなかったんじゃないかって思い始めてた。本当にあんなん有り得ないしね。 

明るくなったってのと、もういないってので少し余裕出来たんだろうね。 
さっきよりはやや大胆に部屋に入った。 
「よし、いない」何て思いながら、カーテンが閉まってるせいで薄暗い部屋の電気を着けた。 
昨晩の出来事を裏付ける光景が目に入ってきた。 
昨日、アイツがいた辺りの床に物凄く臭いを放つ泥(多分ヘドロだと思う)が、
それも足跡ってレベルを超えた量で残ってた。 起きた事を事実と再認識するまで、時間はかからなかった。 
ハッと気付いてますますパニックになったんだけど、…俺、電気消してねーよ…ははっ。 
スイッチ押した左手見たらこっちにも泥がついてんの。 
しばらくはどんよりした気持ちから抜けられなかったが、出ちまったもんは仕方ねーなと思えてきた。 

まぁここら辺が俺がAB型である典型的なとこなんだけど、
そんな状態にありながら泥を掃除してシャワー浴びて出社した。 
臭いが消えなくてかなりむかついたし、こっちはこっちで大問題だが会社を休むことも一大事だったからね。 

会社に着くと、いつもと変わらない日常が待っていた。 俺は何とか○○と話す時間を探った。 
事の発端に関係する○○から、何とか情報を得ようとしたのだ。 
昼休み、やっと捕まえる事に成功した。 以下俺と○○の会話の抜粋。 

俺「前にさぁ、話してた△すると◆が来るとかって話あったじゃん。昨日アレやったら来たんだけど。」 
○○「は?何それ?」 
俺「だからぁ、マジ何か出たんだって!」 
○○「あー、はいはい。カウパー出たのね」 
俺「おま、ふざけんなよ。やっべーのが出たってんだよ」 
○○「何言ってんのかわかんねーよ!」 
俺「俺だってわかんねーよ!!」 
駄目だ、埒があかない。 
○○を信用させないと何も進まなかったため、俺は淡々と昨日の出来事を説明した。 
最初はネタだと思っていた○○もやっと半信半疑の状態になった。 
仕事終わり、俺の部屋に来て確かめる事になった。 

夜10時、幸いにも早めに会社を出られた○○と俺は部屋に着いた。 
扉を開けた瞬間に今朝嗅いだ悪臭が鼻を突いた。 
締め切った部屋から熱気とともに、まさしく臭いが襲ってきた。 
帰りの道でもしつこいくらいの説明を俺から受けていた○○は「・・・マジ?」と一言呟いた。信じたようだ。 
問題は○○が何かしら解決案を出してくれるかどうかだったが、望むべきではなかった。 

とりあえず、お祓いに行った方がいいことと知り合いに聞いてみるって言葉を残し奴は逃げるように帰って行った。 
予想通りとしか言いようがなかったが、奴の顔の広さだけに期待した。 

臭いとこに居たくない気持ちからその日はカプセルホテルに泊まった。 
今夜も出たら終わりかもしれないと思ったのが本音。 
翌日、とりあえず近所の寺に行く。さすがに、会社どころじゃなかった。 

お坊さんに訳を説明すると「専門じゃないから分からないですね~。しばらくゆっくりしてはいかがでしょう。きっと気のせいですよ」なんて呑気な答えが返ってきた。 
世の中こんなもんだ。 
その日は都内では有名な寺や神社を何軒か回ったがどこも大して変わらなかった。 

疲れはてた俺は、埼玉の実家を頼った。 
正確には、母方の祖母がお世話になっているS先生なる尼僧に相談したかった。
っつーかその人意外でまともに取り合ってくれそうな人が思い浮かばなかった。 
ここでS先生なる人を紹介する。 

母は長崎県出身で当然祖母も長崎にいる。 
祖母は、戦争経験からか熱心な仏教徒だ。 
S先生はその祖母が週一度通っている自宅兼寺の住職さんだ。 
俺も何度か会ったことがある。 
俺は詳しくはないが、宗派の名前は教科書に乗ってるくらいだから
似非者の霊能者などとは比較にならないほどしっかりと仏様に仕えてきた方なのだ。 

人柄は温厚、落ち着いた優しい話し方をする。 
俺が中学に上がる頃親父が土地を買い家を建てることになった。 
地鎮祭とでも言うんだっけ? 兎に角その土地をお祓いした。 
その一週間後に長崎の祖母から「土地が良くないからS先生がお祓いに行く」という内容の電話があった。

当然、母親的にも「もう終わってるのに何で?」ってことでそれを言ったらしい。 
そしたら祖母から「でもS先生がまだ残ってるって言うたったい」って。 
つまり、俺が知る限り唯一頼れる人物である可能性が高いのがS先生だった。 
日も暮れてきて、埼玉の実家があるバス停に着いた頃には夜9時を回る少し前だった。 
都内と違い、工場ばかりの町なので夜9時でも人気は少ない。
バス停から実家までの約20分を足早に歩いた。人気の無い暗い道に街灯が規則的に並んでいる。 
内心、一昨日の事がフラッシュバックしてきてかなり怯えてたが、幸いにも奴は現れなかった。

が、夜になり涼しくなったからか俺は自分の身体の異変に気が付いた。 
どうも首の付け根辺りが熱い。 
伝わりにくいかと思うが、例えるなら首に紐を巻き付けられて左右にずらされているような感じだ。 
首に手をやって寒気がした。熱い。首だけ熱い。 

しかもヒリヒリしはじめた。どうも発疹のようなモノがあるようだった。 
歩いてられなくなり、実家まで全力で走った。
息を切らせながら実家の玄関を開けると母が電話を切るところだった。 
そして俺の顔を見るなりこう言ったんだ。 

「あぁ、あんた。長崎のお婆ちゃんから電話来て心配だって。S先生があんたが良くない事になってるからこっちおいでって言われたて。あんたなんかしたの?」 
「あらやだ。あんた首の回りどうしたの!!?」 

答える前に玄関の鏡を見た。奴が来るかもとか考えなかったな…、何故か。 
首の回り、付け根の部分は縄でも巻かれているかのように見事に赤い線が出来ていた。 
近づいてみると、細かな発疹がびっしり浮き上がっていた。 

さすがに小刻みに身体が震えてきた。 
何も考えずに、母にも一言も返事をせずに階段を駈け上がり、母の部屋の小さな仏像の前で南無阿弥陀仏を繰り返した。 
そうする他、何も出来なかった。心配して親父が「どうした!!」と怒鳴りながら走って来た。
母は異常を察知して祖母に電話している。母の声が聞こえた。 泣き声だ。 
逃げ場はないと、恐ろしい事になってしまっているとこの時やっと理解した…。 
実家に帰り、自分が置かれている状況を理解して3日が過ぎた。 
精神的に参ったからか、それが何かしらアイツが起こしたものなのかは分からなかったが、2日間高熱に悩まされた。 
首から異常なほど汗をかき、2日目の昼には血が滲み始めた。3日目の朝には首からの血は止まっていた。 
元々滲む程度だったしね。熱も微熱くらいまで下がり、少しは落ち着いた。 

ただ、首の回りに異常な痒さが感じられた。 
チクチクと痛くて痒い。枕や布団、タオルなどが触れると鋭い、小さな痛みが走る。 
血が出ていたから瘡蓋が出来て痒いのかと思い、意識して触らないようにした。 
布団にもぐり、夕方まで気にしないように心掛けたが、便所に行った時にどうしても気になって鏡を見た。
鏡なんて見たくもないのに、どうしても自分に起きてる事をこの目で確認しないと気が済まなかった。 

鏡は見たこともない状況を写していた。 

首の赤みは完全に引いていた。 その代わり、発疹が大きくなっていた。 
今でも思い出す度に鳥肌が立つほど気持ち悪いが敢えて細かな描写をさせて欲しい。 
気を悪くしないでくれ。 
元々首の回りの線は太さが1cmくらいだった。 
そこが真っ赤になり、元々かなり色白な俺の肌との対比で正しく赤い紐が巻かれているように見えていた。 
これが3日前の事。 目の前の鏡に映るその部分には膿が溜まっていた。 

…いや、正確じゃないな。 
正確には、赤い線を作っていた発疹には膿が溜まっていて、
まるで特大のニキビがひしめき合っているようだった。 
そのほとんどが膿を滲ませていて、あまりにおぞましくて気持ちが悪くなりその場で吐いた。 
真水で首を洗い、軟膏を母から借り、塗り、泣きながら布団に戻った。 
何も考えられなかった。唯一つ「何で俺なんだ」って憤りだけだった。 

泣きつかれた頃、携帯がなった。○○からだった。 
こういう時、ほんの僅かでも、希望って物凄いエネルギーになるぞ? 正直、こんなに嬉しい着信はなかった。 
俺「もしもし」 
○○「おぉ~!大丈夫~!?」 
俺「ぃや…大丈夫な訳ねーだろ…」 
○○「ぁー、やっぱヤバい?」 
俺「やべーなんてもんじゃねーよ。はぁ…。っつーか何かないんかよ?」 
○○「ぅん」 
○○「地元の友達に聞いてみたんだけどさ~、ちょっと分かる奴居なくて…、申し訳ない。」 
俺「ぁー、で?」 

正直、○○なりに色々してくれたとは思うがこの時の俺に相手を思いやる余裕なんてなかったから、かなり自己中な話し方に聞こえただろう。 

○○「いや、その代わり、友達の知り合いにそーいうの強い人がいてさー。紹介してもいいんだけど金かかるって…」 
俺「!? 金とんの?」 
○○「うん、みたい…。どーする?」 
俺「どんくらい?」 
○○「知り合いの話だととりあえず五十万くらいらしい…」 
俺「五十万~!?」 

当時の俺からすると働いているとはいえ五十万なんて払えるわけ無い額だった。
金が惜しかったが、恐怖と苦しみから解放されるなら…。 選択肢は無かった。 

俺「…分かった。いつ紹介してくれる?」 
○○「その人今群馬にいるらしいんだわ。知り合いに聞いてみるからちょっと待ってて。」 
話が前後するが、俺が仏像の前で南無阿弥陀仏を繰り返していた時、母は祖母に電話をかけていた。 
祖母からすぐにS先生に相談が行き(相談と言うよりも助けて下さいってお願いだったらしいが)、
最終的にはS先生がいらしてくれる事になっていた。 

ただし、S先生もご多忙だし何より高齢だ。こっちに来れるのは三週間先に決まった。 
つまり、三週間は不安と恐怖と、何か起きてもおかしか無い状況に居なければならなかった。 
そんな状況だから、少しでも出来るだけの事をしてないと気持ちが落ち着かなかった。 

○○が電話を折り返してきたのは夜11時を過ぎた頃だった。 

○○「待たせて悪いね。知り合いに相談したら連絡入れてくれて、明日行けるって。」 
俺「明日?」 
○○「ほら、明日日曜じゃん?」 

そうか、いつの間にか奴を見てから五日も経つのか。不思議と会社の事を忘れてたな。 

俺「分かった。ありがと。ウチまで来てくれるの?」 
○○「家まで行くって。車で行くらしいから住所メールしといて」 
俺「お前はどーすんの?来て欲しいんだけど」 
○○「行く行く」 
俺「金、後でも大丈夫かな?」 
○○「多分大丈夫じゃね?」 
俺「分かった。近くまで来たら電話して」 

何とも段取りの悪い話だが、若僧だった俺には仕方の無い事だった。 
その晩、夢を見た。 寝てる俺の脇に、白い和服をきた若い女性が正座していた。 
俺が気付くと、三指をつき深々と頭を下げた後部屋から出ていった。 
部屋から出る前にもう一度深々と頭を下げていた。 
この夢がアイツと関係しているのかは分からなかったが。 

翌日、昼過ぎに○○から連絡が来た。 電話で誘導し出迎えた。 
来たのは○○とその友達、そして三十代後半くらいだろう男が来た。 
普通の人だと思えなかったな。 チンピラみたいな感じだったし、何の仕事をしてるのか想像もつかなかった。 
俺がちゃんと説明していなかったから両親が訝しんだ。 まず間違いなく偽名だと思うが男は林と名乗った。 

林「T君の話は彼から聞いてましてね。まー厄介な事になってるんです。」 
(今さらですまん。Tとは俺、会話中の彼は○○だと思って読んでくれ。) 

父「それで林さんはどういった関係でいらしていただいたんですか?」 
林「いやね、これもう素人さんじゃどーしようもなぃんですよ。 
お父さん、いいですか?信じられないかも知れませんがこのままだとT君、危ないですよ?」 

林「で、彼が友達のT君が危ないから助けて欲しいって言うんでね、ここまで来たって訳なんですよ」 
母「Tは危ないんでしょうか?」 
林「いやね、私も結構こういうのは経験してますけどこんなに酷いのは初めてですね。この部屋いっぱいに悪い気が充満してます」 
父「…」 
父「失礼ですが、林さんのご職業をお聞きしても良いですか?」 
林「あー、気になりますか?ま、そりゃ急に来てこんな話したら怪しいですもんねぇ」 
林「でもね、ちゃんと除霊して、辺りを清めないと、T君、ほんとに連れて行かれますよ?」 
母「あの、林さんにお願いできるでしょうか?」 
林「それはもう、任せていただければ。こーいうのは私みたいな専門の者じゃないと駄目ですからね。 
  ただね、お母さん。こっちとしとも危険があるんでね、少しばかりは包んでいただかないと。ね、分かるでしょ?」 
父「いくらあればいいんです?」 
林「そうですね~、まぁ二百はいただかないと…。」 
父「えらい高いな!?」 
林「これでも彼が友達助けて欲しいって言うからわざわざ時間かけて来てるんですよ? 
  嫌だって言うならこっちは別に関係無いですからね~。でも、たった二百万でT君助かるなら安いもんだと思いますけどね」 
林「それに、T君もお寺に行って相手にされなかったんでしょう? 
  分かる人なんて一握りなんですわ。また、一から探すんですか?」 

俺は黙って聞いてた。 
さすがに二百万って聞いた時は○○を見たが、○○もばつの悪そうな顔をしていた。 
結局、父も母も分からないことにそれ以上の意見を言える筈もなく、渋々任せることになった。
林は早速今夜に除霊をすると言い出した。 
準備をすると言い、一度出掛けた。(出がけに両親に準備にかかる金をもらって行った) 
夕方に戻ってくると、蝋燭を立て、御札のような紙を部屋中に貼り、
膝元に水晶玉を置き数珠を持ち、日本酒だと思うがそれを杯に注いだ。 
何となくそれっぽくなって来た。 

林「T君。これからお祓いするから。これでもう大丈夫だから」 
林「お父さん、お母さん。すみませんが一旦家から出ていってもらえますかね?もしかしたら霊がそっちに行く事も無い訳じゃないですから」 

両親は不本意ながら、外の車で待機する事になった。 
日も暮れて、辺りが暗くなった頃、お祓いは始まった。 
林はお経のようなものを唱えながら一定のタイミングで杯に指をつけ、俺にその滴を飛ばした。
俺は半信半疑のまま、布団に横たわり目を閉じていた。林からそうするように言われたからだ。

お祓いが始まってから大分たった。 

お経を唱える声が途切れ途切れになりはじめた。 
目を閉じていたから、嫌な雰囲気と少しずつおかしくなってゆくお経だけが俺に分かることだった。 

最初こそ気付かなかったが首がやけに痛い。 痒さを通り越して、明らかに痛みを感じていた。 
目を開けまいと、痛みに耐えようと歯を食いしばっているとお経が止まった。 

しかしおかしい。 

良く分からないが区切りが悪い終り方だったし、終わったにしては何も声をかけてこない。 
何より、首の痛みは一向に引かず、寧ろ増しているのだ。 
寒気も感じるし、何かが布団の上に跨がっているような気がする。 
目を開けたらいけない。それだけは絶対にしてはいけない。分かってはいたが…。開けてしまった。 
目を開けると、恐ろしい光景が飛び込んできた。 

林は、布団で寝ている俺の右手側に座りお祓いをしていた。 
目を開けると、林と向き合うように俺を挟んでアイツが正座していた。 
膝の上に手を置き、上半身だけを伸ばして林の顔を覗き込んでいる。 
林の顔とアイツの顔の間には拳一つ分くらいの隙間しかなかった。 
不思議そうに、顔を斜めにして、梟のように小刻みに顔を動かしながら、
聞き取れないがぼそぼそと呟きながら林の顔を覗き込んでいた。 
今思うと林に何かを囁いていたのかもしれない。 

林は…少し俯き気味に、目線を下に落としたまま瞬きもせず、口はだらしなく開いたまま涎を垂らしていた。
少し顔が笑っていたように見えた。 時々小さく頷いていた。 
俺は、瞬きも忘れ凝視していた。 不意にアイツの首が動きを止めた。 次の瞬間、顔を俺に向けた。 
俺は…慌てて目をギュッと閉じ、布団を被りひたすら南無阿弥陀仏と唱えていた。 
俺の顔の間近で、アイツが梟のように顔を動かしている光景が瞼に浮かんできた。 恐ろしかった。 

ガタガタと音が聞こえ、階段を駈け降りる音が聞こえた。 林が逃げ出したようだ。 
俺は怖くて怖くて布団に潜り続けていた。 
両親が来て、電気を着けて布団を剥いだとき、丸まって身体が固まった俺がいたそうだ。 
林は、両親に見向きもせず車に乗り込み、まっていた○○、○○の友達と供に何処かへ消えていった。 
後から○○に聞いた話では、「車を出せ」以外は言わなかったらしい。 
解決するどころか、ますます悪いことになってしまった俺には、
三週間先のS先生を待っている余裕など残っていなかった。 
アイツを再び目にしてからさらに4日が経った。 
当たり前かも知れないが首は随分良くなり、まだ痕が残るとは言え明らかに体力は回復していた。 熱も下がり身体はもう問題が無かった。 
ただ、それは身体的な話でしかなくて、朝だろうが夜だろうが関係無く怯えていた。 

何時どこでアイツが姿を現すかと思うと怖くて仕方無かった。 
眠れない夜が続き、食事もほとんど受け付けられず、常に辺りの気配を気にしていた。 
たった10日足らずで、俺の顔は随分変わったと思う。精神的に追い詰められていた俺には時間が無かった。 

当然、まともな社会生活なんて送れる訳も無く、親から連絡を入れてもらい会社を辞めた。(これも後から聞いた話でしかないのだが…、連絡を入れた時は随分嫌味を言われたらしい) 
とにかく、何もかもが怖くて洗濯物や家の窓から見える柿の木が揺れただけでも、
もしかしたらアイツじゃないかと一人怯えていた。 
S先生が来るまでには、まだ二週間あまりが残っていた俺には長すぎた。 

見かねた両親は、強引に怯える俺を車に押し込み何処かへ向かった。 
父が何度も「心配するな」「大丈夫だ」と声をかけた。 
車の後部座席で、母は俺の肩を抱き頭を撫でていた。母に頭を撫でられるなんて何年ぶりだったろう。 
(当時の俺にはだが)時間の感覚も無く、車で移動しながら夜を迎えた。 
二十歳も過ぎて恥ずかしい話だが、母に寄り添われ安心したのか、久方ぶりに深い眠りに落ちた。 
目が覚めるとすでに陽は登っていて、久しぶりに眠れてすっきりした。
実際には丸1日半眠っていたらしい。 
多分、あんなに長く眠るなんてもうないだろうな。外を見ると車は見慣れない景色の中を進んでいた。 

少しずつ、見覚えのある景色が目に入り始めた。道路の中央に電車が走っている。
車は…長崎に着いていた。これには俺も流石に驚いた。 
怯え続ける俺を気遣い、飛行機や新幹線は避け車での移動にしてくれたらしい。 
途中で休憩は何度も入れたらしいが、それでもろくに眠らず車を走らせ続けた父と、
俺が怖がらないようにずっと寄り添ってくれた母への恩は、一生かけても返しきれそうもない。

祖父母の住む所は長崎の柳川という。
柳川に着くと坂道の下に車を停め両親が祖父母を呼びに行った。 
(祖父母の家は坂道から脇に入った石段を登った先にある) 
その間、俺は車の中に一人きりの状態になった。 

両親が二人で出ていったのは足腰の悪い祖母やS先生の家に持っていく荷物を運ぶのを手伝うためだったのだが、自分で「大丈夫、行って来て」なんて言ったのは本当に舐めてた証拠だと思う。 
久しぶりに眠れた事や、今いる場所が東京・埼玉と随分離れた長崎だった事が気を弛めたのかもしれない。 

車の後部座席に足をまるめて座り(体育座りね)、外をぼーっと眺めていると急に首に痛みが走った。 
今までの痛みと比較にならないほど、言い過ぎかも知れないが激痛が走った。 
首に手をやると滑りがあった。…血が出てた。
指先に付いた血が、否応なしに俺を現実に引き戻した。
この時、怖いとか、アイツが近くにいるかもって考える前に
「またかよ…」ってなげやりな気持ちが先に来たな。もう何か嫌になって泣けてきた。 

分かってもらえれば嬉しいけど、
嫌な事が少しの間をおいて続けて起きるのってもうどうしようも無いくらい落ち込むんだよね。
気持ちの整理が着き始めると嫌な事が起きるっては辛いよね。 
この時は少し気が弛んでいたから尚更で、「どーしろっつーんだよ!!」とか
「いい加減にしてくれよ」とか独り言をぶつぶつ言いながら泣いてた。 

車に両親が祖父母を連れて戻って来たんだけど、すぐにパニックになった。 
何しろ問題の俺が首から血を流しながら後部座席で項垂れて泣いてるからね。 
何も無い訳がないよな。 
「どうした?」とか「何とか言え!」とか「もぅやだー」とか「Tちゃん、しっかりせんか!!」とか「どげんしたと!?」とか「あなたどうしよう」とか。 

この時は…思わず「てめぇらぅるっせーんだよ!!」って怒鳴ってしまった。 
こんな時に説明なんか出来るわけねーだろって、
てめぇらじゃ何も出来ねぇ癖に…黙ってろよ!とか思ってたな。 
勝手に悪い事になって仕事は辞めるわ、騙されそうになるわ…
こんな俺みたいな駄目な奴のために走り回ってくれてる人達なのに…。今考えると本当に恥ずかしい。 

で、人生で一度きりなんだけどさ、親父がいきなり俺の左頬に平手打ちをしてきた。 
物凄い痛かったね。親父、滅茶苦茶厳しくて何度も口喧嘩はしたけど
多分生まれてから一回も打たれた事無かったからな。 
(父のポリシーで子供は絶対殴らないってのは昔から耳タコだったしね) 

で、一言だけ「お祖父さんとお祖母さんに謝れ」って静かだけど厳しい口調で言ったんだ。 
それで、何故か落ち着いた。ってかびっくりし過ぎてそれまでの絶望感がどっかに行ってしまったよ。 
冷静さを取り戻して、皆に謝ったら急に腹が据わってきた気がした。 
走り始めた車の中で励ましてくれる祖父母の言葉に感極まってまた泣いた。 
自分で思ってるよか全然心が弱かったんだな、俺は。 

S先生の家(寺でもあるが)に着くとふっと軽くなった気がした。 
何か起きたっていうよりは俺が勝手に安心したって方が正しいだろうな。 
門をくぐり、石畳が敷かれた細い道を抜けると初老の男性が迎え入れてくれた。
そう言えばS先生の家にはいつもお客さんがいたような気がする。 
きっと、祖母のように通っている人が多いんだろう。 
奥に通され裏手の玄関から入り進んでいくと、十畳くらいの仏間がある。 
S先生は俺の記憶の通り、仏像の前に敷かれた座布団の上に正座していて…ゆっくりと振り向いたんだ。 

(下手な長崎弁を記憶に頼って書くが見逃してな) 

祖母「Tちゃん、もうよかけんね。S先生が見てくれなさるけん」 
S先生「久しぶりねぇ。随分立派になって。早いわねぇ」 
祖母「S先生、Tちゃんば大丈夫でしょかね?」 
祖父「大丈夫って。そげん言うたかてまだ来たばかりやけんS先生かてよう分からんてさ」 
祖母「あんたさんは黙っときなさんてさ。もうあたし心配で心配で仕方なかってさ」 

何でだろう…ただS先生の前に来ただけなのにそれまで慌ていた祖父母が落ち着いていた。 
それは両親にも、俺にも伝わってきて、深く息を吐いたら身体から悪いものが出ていった気がした。 
両親はもう体力的にも精神的にも限界に近かったらしく、「疲れちゃったやろ?後はS先生が良くしてくれるけん、隣ば行って休んでたらよか」と人懐こい祖父の言葉に甘えて隣の部屋へ。 
S先生「じゃあTちゃん、こっちにいらっしゃい」S先生に呼ばれ、向かい合わせで正座した。 
S先生「それじゃIさん達も隣の部屋で寛いでらして下さい。Tちゃんと話をしますからね」 
S先生「後は任せて、こっちの部屋には良いと言うまで戻って来ては駄目ですよ?」 
祖父「S先生、Tちゃんばよろしくお願いします!」 
祖母「Tちゃん、心配なかけんね。S先生がうまいことしてくれるけん。あんたさんはよく言うこと聞いといたらよかけんね。ね?」 

しきりにS先生にお願いして、俺に声をかけてくれる祖父母の姿にまた涙が出てきた。 泣きっぱなしだな俺。 
S先生はもっと近づくように言い、膝と膝を付け合わせるように座った。 
俺の手を取り、暫くは何も言わず優しい顔で俺を見ていた。 
俺は何故か悪さをして怒られるじゃないかと親の顔色を伺っていた子供の頃のような気持ちになっていた。 
目の前の、敢えて書くが自分よりも小さくて
明らかに力の弱いお婆ちゃんの威圧的でもなんでもない雰囲気に呑まれていた。 
あんな人本当にいるんだな。 

S先生「…どうしようかしらね」 
俺「…」 
S先生「Tちゃん、怖い?」 
俺「…はい」 
S先生「そうよねぇ。このままって訳には行かないわよねぇ」 
俺「えっと…」 
S先生「あぁ、いいの。こっちの話だから」 

何がいいんだ!?ちっともよかねーだろなんて気持ちが溢れて来て、耐えきれずついにブチ撒けた。
本当に人として未熟だなぁ、俺は。 
俺「あの、俺どーなるんすか? もう早いとこ何とかして欲しいんです。 大体何なんですか? 
何でアイツ俺に付きまとうんですか? もう勘弁してくれって感じですよ。 
S先生、何とかならないんですか?」 

S先生「Tちゃ…」 
俺「大体、俺別に悪いこと何もしてないっすよ!?確かに□□(心霊スポットね)には行ったけど俺だけじゃないし、何で俺だけこんな目に会わなきゃいけないんすか? 鏡の前で△しちゃだめだってのも関係あるんですか? ホント訳わかんねぇ!!あーっ!苛つくぅぁー!!」 

「ドォ~ドォルルシッテ」 
「ドォ~ドォルル」「チルシッテ」 

…何が何だか解らなかった。(ホントに訳解んないので取り敢えずそのまま書く) 

「ドォ~。 シッテドォ~シッテ」 

左耳に鸚鵡か鸚哥みたいな甲高くて抑揚の無い声が聞こえてきた。 
それが「ドーシテ」と繰り返していると理解するまで少し時間がかかった。 
俺はS先生の目を見ていたし、S先生は俺の目を見ていた。 
ただ優しくかったS先生の顔は無表情になっているように見えた…。 

左側の視界には何かいるってのは分かってた。 チラチラと見えちゃうからね。 
よせば良いのに、左を向いてしまった。首から生暖かい血が流れてるのを感じながら。 
アイツが立ってた。 体をくの字に曲げて、俺の顔を覗き込んでいた。 
くどいけど…訳が解らなかった。起きてることを認められなかった。 
此処は寺なのに、目の前にはS先生がいるのに…何でなんで何で…。 
一週間前に、見たまんまだった。 アイツの顔が目の前にあった。 
梟のように小刻みに顔を動かしながら俺を不思議そうに覗き込んでいた。 

「ドォシッテ? ドォシッテ? ドォシッテ? ドォシッテ?」 

鸚鵡のような声でずっと質問され続けた。 
きっと…林も同じようにこの声を聞いていたんだろう。 
俺と同じ言葉を囁かれていたのかは解らないが…。 
俺は…息する事を忘れてしまって目と口を大きく開いたままだった。 
いや、息が上手く出来なかったって方が 正しいな。た
まに【コヒュッ】って感じで息を吸い込む事に失敗してた気がするし。 
そうこうしているうちに、アイツが手を動かして顔に貼り付けてあるお札みたいなのをゆっくりめくり始めたんだ。 

見ちゃ駄目だ!! 絶対駄目だって分かってるし逃げたかったんだけど動けないんだよ!! 
もう顎の辺りが見えてしまいそうなくらいまで来ていた。 
心の中では「ヤメロ!それ以上めくんな!!」って叫んでるのに口からは「ァ…ァカハッ…」みたいな情けない息しか出ないんだ。 
もうやばい!! ヤバい!ヤバい!ってところで 

「パンッ!!」 

って。 例えとか誇張でもなく“跳び上がった。 心臓が破裂するかと思った。 
「パン!!」 

その音で俺は跳び上がった。
正座してたから体が倒れそうになりながら後に振り向いてすぐ走り出した。 
何か考えてた訳じゃなく体が勝手に動いたんだよね。
でも慣れない正座のせいで足が痺れてまともに走れないのよ。 
痺れて足が縺れた事とあんまりにも前を見てないせいで頭から壁に突っ込んだがちっとも痛くなかった。 
額から血がだらだら出てたのに…、それだけテンパって周りが見えてなかったって事だな。 

血が目に入って何も見えない。手をブン回して出口を探した。けど的外れの方ばっかり探してたみたい。 

「まだいけません!」 

いきなりS先生が大きい声を出した。
障子の向こうにいる両親や祖父母に言ったのか俺に言ったのか分からなかった。
分からなかったがその声は俺の動きを止めるには十分だった。 
ビクってなってその場で硬直。またもや頭の中では物凄い回転で事態を把握しようとしていた。
っつーか把握なんて出来る筈もなく、S先生の言うことに従っただけなんだけどね。 
俺の動きが止まり、仏間に入ろうとする両親と祖父母の動きが止まった事を確認するかのように少しの間を置いてからS先生が話始めた。 

S先生「Tちゃんごめんなさいね。怖かったわね。もう大丈夫だからこっちに戻ってらっしゃい」 

「Iさん、大丈夫ですからもう少し待ってて下さいね」 

障子(襖だったかも)の向こうからしきりに何か言ってのは聞こえてたけど覚えてない。
血を拭いながらS先生の前に戻ると手拭いを貸してくれた。
お香なのかしんないけどいい匂いがしたな。
ここに来てやっとあの音はS先生が手を叩いた音だって気付いた。 
(質問出来る余裕は無かったけど) 
S先生「Tちゃん、見えたわね?聞こえた?」 
俺「見えました…どーして?って繰り返してました。」 
この時にはもうS先生の顔はいつもの優しい顔になってたんだ。
俺も今度はゆっくりと、出来るだけ落ち着いて答える事だけに集中した。まぁ…考えるのを諦めたんだけどね。 

S先生「そうね。どうして?って聞いてたわね。何だと思った?」 
さっぱり分からなかった。考えようなんて思わなかったしね。 

俺「?? …いや…、ぅぅん?…分かりません」 
S先生「Tちゃんはさっきの怖い?」 
俺「怖い…です」 
S先生「何が怖いの?」 
俺「いや…、だって普通じゃないし。幽霊だし…」 

ここらへんで俺の脳は思考能力の限界を越えてたな。S先生が何が言いたいのかさっぱりだった。 
S先生「でも何もされてないわよねぇ?」 
俺「いや…首から血が出たし、それに何かお札みたいなの捲ろうとしてたし。明らかに普通じゃないし…」 
S先生「そうよねぇ。でも、それ以外は無いわよねぇ」 
俺「…」 
S先生「難しいわねぇ」 
俺「あの、よく分からなくて…すいません」 
S先生「いいのよ」 

S先生は、俺にも分かるように話してくれた。諭すっていった方がいいかもしれない。 
まず、アイツは幽霊とかお化けって呼ばれるもので間違いない。
じゃあ所謂悪霊ってヤツかって言うとそう言いきっていいかS先生には難しいらしかった。 
明らかにタチが悪い部類に入るらしいけど、S先生には悪意は感じられなかったって言っていた。

俺に起きた事は何なのかに対してはこう答えた。 
「悪気は無くても強すぎるとこうなっちゃうのよ。あの人ずっと寂しかったのね。話したい、触れたい、見て欲しい、気付いて気付いてーって、ずっと思ってたのね」 
「Tちゃんはね、分からないかもしれないけど暖かいのよ。色んな人によく思われてて、それがきっと“いいな~。優しそうだな~って思ったのね。だから自分に気付いてくれた事が嬉しくて仕方なかったんじゃないかしら」 
「でもね、Tちゃんはあの人と比べると全然弱いのね。だから、近くに居るだけでも怖くなっちゃって体が反応しちゃうのね」 
S先生は、まるで子供に話すようにゆっくりと、難しい言葉を使わないように話してくれた。 
俺はどうすればいいのか分からなくなったよ。 
アイツは絶対に悪霊とかタチの悪いヤツだと決めつけてたから。 
S先生にお祓いしてもらえばそれで終ると思ってたから…。
それなのにS先生がアイツを庇うように話してたから…。 

S先生「さて、それじゃあ今度は何とかしないといけないわね。Tちゃん、時間かかりますけど何とかしてあげますからね」 
この一言には本当に救われたよ。 あぁ、もういいんだ。終るんだって思った。やっと安心したんだ。 
S先生に教えられたことを書きます。俺にとって一生忘れたくない言葉です。 

「見た目が怖くても、自分が知らないものでも自分と同じように苦しんでると思いなさい。救いの手を差し伸べてくれるのを待っていると思いなさい」 

S先生はお経をあげ始めた。お祓いのためじゃ無くアイツが成仏出来るように。その晩、額は裂けてたしよくよく見れば首の痕が大きく破けて痛かったけど本当にぐっすり眠れた。(お経終わってもキョドってた俺のために笑いながらその日は泊めてくれた) 
翌日、朝早く起きたつもりがS先生はすでに朝のお祈りを終らしてた。 
S先生「おはよう、Tちゃん。さ、顔洗って朝御飯食べてらっしゃい。食べ終わったら本山に向かいますからね」 

関係者でも何でもないんであまり書くのはどうかと思うが少しだけ。 
S先生が属している宗派は前にも書いた通り教科書に載るくらい歴史があって、
信者の方も修行されてる方も日本全国にいらっしゃるのね。
教えは一緒なんだけど地理的な問題から東と西それぞれに本山があるんだって。

俺が連れていってもらったのが西の本山。本山に暫くお世話になって、
自分が元々持っている徳(未だにどんなものか説明できないけど)を高める事と、
アイツが少しでも早く成仏出来るように本山で供養してあげられるためってS先生は言ってた。 
その話を聞いて一番喜んだのが祖母、まだ信じられなそうだったのが親父。
最後は俺が「もう大丈夫。行ってくる」って言ったから反対しなかったけど。 

本山に着くと迎えの若い方が待っていて、S先生に丁寧に挨拶してた。
本堂の横奥にある小屋(小屋って呼ぶのが憚れるほど広くて立派だったが)で本山の方々にご挨拶。 
ここでもS先生にはかなりの低姿勢だったな。 
S先生、実は凄い人らしく、望めばかなりの地位(「寂しいけど序列ができちゃうのね」ってS先生は言ってた)にいても不思議じゃないんだって後から聞いた。 
俺は本山に暫く厄介になり、まぁ客人扱いではあったけど皆さんと同じような生活をした。
多分、S先生の言葉添えがあったからだろうな。 
その中で、自分が本当に幸運なんだなって実感したよ。 
もう四十年間ずっと蛇の怨霊に苦しめられている女性や、家族親族まで祟りで没落してしまって
身寄りが無くなってしまったけど、家系を辿れば立派な士族の末裔の人とか… 
俺なんかよりよっぽど辛い思いしてる人がこんなにいるなんて知らなかったから…。 
厳しい生活の中にいたからなのか、場所がそうだからなのか、 
あるいはS先生の話があったからなのか恐怖は大分薄れた。 
(とは言うものの、ふと瞬間にアイツがそばに来てる気がしてかなり怯えたけど) 

本山に預けてもらって一ヶ月経った頃S先生がいらっしゃった。 
S先生「あらあら、随分良くなったみたいね」 
俺「えぇ、S先生のおかげですね」 
S先生「あれから見えたりした?」 
俺「いや…一回も。多分成仏したかどっかにいったんじゃないですか?ここ、本山だし」 
S先生「そんな事ないわよ?」 

顔がひきつった。 

S先生「あら、ごめんなさい。また怖くなっちゃうわよね」 
「でもねTちゃん、ここには沢山の苦しんでる人がいるの。 
   その人達を少しでも多く助けてあげるのが私達の仕事なのよ」 
多分だけどS先生の言葉にはアイツも含まれてたんだと思う。 

S先生「Tちゃん、もう少しここにいて勉強しなさい。折角なんだから」 

俺はS先生の言葉に従った。あの時の事がまだまだ尾を引いていて、まだここにいたいって思ってたからね。 
それに一日はあっという間なんだけど…何て言うか時間がゆっくり流れてような感じが好きだったな。 
(何か矛盾してるけどね)そんなこんなが続いて、結局三ヶ月も居座ってしまった。 
その間S先生は(二ヶ月前に来たきり)こっちには顔を出さなかった。 
やっぱりS先生の言葉がないと不安だからね。 
でも、哀しいかな流石に三ヶ月もそれまで自分がいた騒々しい世界から隔離去れると物足りない気持ちが強くなってた。 
実に二ヶ月ぶりにS先生がやって来てやっと本山での生活は終りを迎えようとしていた。 
身支度を整え、兎に角お世話になった皆さんに一人ずつ御礼を言いS先生と帰ろうとしたんだ。 
でも気付くと横にいたはずのS先生がいない。「あれ?」と思って振り向いたら少し後にいたんだ。 
「歩くの速すぎたかな?」って思って戻ったら優しい顔で 
「Tちゃん、帰るのやめてここに居たら?」って言われた。 

実はS先生に認められた気がして少し嬉しかった。 

「いや、僕にはここの人達みたいには出来ないです。本当に皆さん凄いと思います。真似出来そうもないですよ」 

照れながら答えたら 

S先生「そうじゃなくて帰っちゃ駄目みたいなのよ」 
俺「え?」 
S先生「だってまだ残ってるから」 

また顔がひきつった。 
結局、本山を降りる事が出来たのはそれから二ヶ月後だった。
実に五ヶ月も居座ってしまった。
多分、こんなに長く家族でも無い誰かに生活の面倒を見てもらう事はこの先ないだろう。 
S先生から「多分もう大丈夫だと思うけど、しばらくの間は月に一度おいでなさい。」と言われた。 
アイツが消えたのか、それとも隠れてれのか本当のところは分からないからだそうだ。 
長かった本山の生活も終ってやっと日常に戻って来た。 
借りてたアパートは母が退去手続きを済ましてくれていて、 
実家には俺の荷物が運び込まれてた。 

アパートの部屋を開けた時、何かを燻したような臭いと部屋の真ん中辺りの床に小さな虫が集まってたらしい。 
怖すぎたらしくその日はなにもしないで帰って来たんだってさ。 
翌日、仕方無いんで意を決してまた部屋を開けたら臭いは残ってたけど虫は消えてたらしい。 
母には申し訳ないが俺が見なくて良かった 
実家に戻り、実に約半年ぶりくらいに携帯を見ると(そーいやそれまでは気にならなかったな。)物凄い件数の着信とメールがあった。 中でも一番多かったのが○○。 
メールから、奴は奴なりに自分のせいでこんな事になったって自責の念があったらしく、
謝罪とかこうすればいいとかこんな人が見つかったとかまめに連絡が入ってた。 
母から、○○が家まで来た事も聞いた。 戻って二日目の夜、○○に電話を入れた。
電話口が騒がしい。○○は呂律が回らず何を言っているか分からなかった。 

…コンパしてやがった。 

とりあえず電話をきり「殺すぞ」とメールを送っておいた。 所詮世の中他人は他人だ。 
翌日、○○から誤りたいから時間くれないか?とメールが来た。電話じゃなかったのは気まずかったからだろう。 
夜になると、家まで○○が来た。わざわざ遠いところまで来るくらいだ。相当後悔と反省をしていたのだろう。(夜に出歩くのを俺が嫌ったからってのが一番の理由である事は言うまでもない) 
玄関を開け○○を見るなり二発ぶん殴ってやった。 
一発は奴の自責の念を和らげるため、一発はコンパなんぞに行ってて俺を苛つかせた事への贖罪のめに。 

言葉で許されるよりも殴られた方がすっきりする事もあるしね。まぁ、二発目は俺の個人的な怒りだが。 
○○に経緯を細かく話し、その晩は二人して興奮したり怖がったり…今思うと当たり前の日常だなぁ。 
○○からは、あの晩のそれからを聞いた。 
あの晩、逃げたした時には林は明らかにおかしくなっていた。 
林の車の中で友達と待っていた○○には、まず間違いなくヤバい事になっているって事がすぐに分かったそうだ。 
でも、後部座席に飛び乗ってきた林の焦り方は尋常じゃ無かったらしく、車を出さざるを得なかったらしい。 
「反抗したりもたついたりしたら何されっか分かんなかったんだよ」 

○○の言葉が状況を物語っていた。 
○○は、車が俺の家から離れ高速の入り口近くの信号に捕まった時に、逃げ出したらしい。 

○○「だってあいつ、途中から笑い出したり、震えたり、“俺は違う“とか“そんな事しません“とか言い出して怖いんだもんよ」 

アイツが何か囁いてる姿が甦ってきて頭の中の映像を消すのに苦労した。 
俺の家に戻って来なかったのは単純に怖すぎたからだって。
「根性無しですみませんでした」って謝ってたから許した。 
俺が○○でも勘弁だしね。 

その後、林がどうなったかは誰も知らない。
さすがに今回の件では○○も頭に来たらしく、林を紹介した友達を問い詰めたらしい。 
結局、林は詐欺師まがいにも成りきれないようなどうしようも無いヤツだったらしく、
唆されて軽い気持ち(小遣い稼ぎだってさ…)で紹介したんだと。 

○○曰く「ちゃんとボコボコにしといたから勘弁してくれ!」との事。 
でもこんな状況を招いたのが自分の情報だってのには参ったから、今度は持てる人脈を総動員したが… 
こんなことに首を突っ込んだり聞いた事がある奴が回りにいるはずもなく、
多分とか~だろうとかってレベルの情報しか無かったんだ。 

だから「何か条件が幾つかあって、偶々揃っちゃうと起きるんじゃないか」としか言えなかった。 
その後、俺はS先生の言い付けを守って毎月一度、S先生を訪ねた。 
最初の一年は毎月、次の一年は三か月に一度。 
○○も、俺への謝罪からか何も無くても家まで来ることが増えたし、 
S先生のところに行く前と帰ってきた時には必ず連絡が来た。 

アイツを見てから二年が経った頃、S先生から「もう心配いらなそうね。
Tちゃん、これからはたまに顔出せばいいわよ。でも、変な事しちゃだめよ」って言ってもらえた。 

本当に終ったのか…俺には分からない。S先生はその三ヶ月後、他界されてしまった。 
敬愛すべきS先生、もっと多くの事を教えて欲しかった。ただ、今は終ったと思いたい。 

S先生のお葬式から二ヶ月が経った。 
寂しさと、大切な人を亡くした喪失感も薄れ始め俺は日常に戻っていた。 
慌ただしい毎日の隙間にふとあの頃を思い出す時がある。あまりにも日常からかけ離れ過ぎていて、 
本当に起きた事だったのか分からなくこともある。 
こんな話を誰かにするわけもなく、またする必要もなく、ただ毎日を懸命に生きてくだけだ。 

祖母から一通の手紙が来たのはそんなごくごく当たり前の日常の中だった。 
封を切ると、祖母からの手紙と、もう一つ手紙が出てきた。 
祖母の手紙には俺への言葉と共にこう書いてあった。 
“S先生から渡されていた手紙です。四十九日も終わりましたのでS先生との約束通りTちゃんにお渡しします“ 

S先生の手紙、今となってはそこに書かれている言葉の真偽が確かめられないし、
そのままで書く事は俺には憚られるので崩して書く。 
Tちゃんへ 
ご無沙汰しています。Sです。あれから大分経ったわねぇ。 
もう大丈夫?怖い思いをしてなければいいのだけど…。 
いけませんね、年をとると回りくどくなっちゃって。 
今日はね、Tちゃんに謝りたくてお手紙を書いたの。 
でも悪い事をした訳じゃ無いのよ。あの時はしょうがなかったの。 でも…、ごめんなさいね。 

あの日、Tちゃんがウチに来た時、先生本当は凄く怖かったの。 
だってTちゃんが連れていたのはとてもじゃ無いけど先生の手に負えなかったから。 
だけどTちゃん怯えてたでしょう?だから先生が怖がっちゃいけないって、そう思ったの。 

本当の事を言うとね、いくら手を差し伸べても見向きもされないって事もあるの。あの時は、運が良かったのね。 
Tちゃん、本山での生活はどうだった? 少しでも気が紛れたかしら? 
Tちゃんと会う度に先生まだ駄目よって言ったでしょう? 覚えてる? 

このまま帰ったら酷い事になるって思ったの。 
だから、Tちゃんみたいな若い子には退屈だとは分かってたんだけど帰らせられなかったのね。 
先生、毎日お祈りしたんだけど中々何処かへ行ってくれなくて。 

でも、もう大丈夫なはずよ。近くにいなくなったみたいだから。 
でもねTちゃん、もし…もしもまた辛い思いをしたらすぐに本山に行きなさい。 
あそこなら多分Tちゃんの方が強くなれるから中々手を出せないはずよ。 

S先生の手紙の続き 

最後にね、ちゃんと教えておかないといけない事があるの。 
あまりにも辛かったら、仏様に身を委ねなさい。 
もう辛い事しか無くなってしまった時には、心を決めなさい。 
決してTちゃんを死なせたい訳じゃないのよ。 
でもね、もしもまだ終っていないとしたらTちゃんにとっては辛い時間が終らないって事なの。 

Tちゃんも本山で何人もお会いしたでしょう? 

本当に悪いモノはね、ゆっくりと時間をかけて苦しめるの。決して終らせないの。 
苦しんでる姿を見てニンマリとほくそ笑みたいのね。 
悔しいけど、先生達の力が及ばなくて目の前で苦しんでいても何もしてあげられない事もあるの。 
あの人達も助けてあげたいけど…、どうにも出来ない事が多くて…。 
先生何とかTちゃんだけは助けたくて手を尽くしたんだけど、正直自信が持てないの。 
気配は感じないし、いなくなったとも思うけど、まだ安心しちゃ駄目。安心して気を弛めるのを待っているかも知れないから。 

いい?Tちゃん。 
決して安心しきっては駄目よ。いつも気を付けて、怪しい場所には近付かず、 
余計な事はしないでおきなさい。先生を信じて。ね? 

嘘ばかりついてごめんなさい。 
信じてって言う方が虫が良すぎるのは分かっています。 
それでも、最後まで仏様にお願いしていた事は信じてね。 
Tちゃんが健やかに毎日を過ごせるよう、いつも祈ってます。 

読みながら、手紙を持つ手が震えているのが分かる。 
気持ちの悪い汗もかいている。鼓動が早まる一方だ。一体、どうすればいい? 
まだ…、終っていないのか? 

急にアイツが何処かから見ているような気がしてきた。もう、逃れられないんじゃないか? 
もしかしたら、隠れてただけでその気になればいつでも俺の目の前に現れる事が出来るんじゃないか? 
一度疑い始めたら、もうどうしようもない。全てが疑わしく思えてくる。 

S先生は、ひょっとしたらアイツに苦しめられたんじゃないか? 
だから、こんな手紙を遺してくれたんじゃないか? 
結局…、何も変わっていないんじゃないか? 

林は、ひょっとしたらアイツに付きまとわれてしまったんじゃないか? 
一体アイツに何を囁かれたんだ。俺とは違う、もっと直接的な事を言われて…、おかしくなったんじゃないか? 

S先生は、俺を心配させないように嘘をついてくれたけど、「嘘をつかなければならないほど」の事だったのか…。 
結局、それが分かってるからS先生は最後まで心配してたんじゃないのか? 
疑えば疑うほど混乱してくる。どうしたらいいのかまるで分からない。 

ここまでしか…俺が知っている事はない。 
二年半に渡り今でも終ったかどうか定かではない話の全てだ。 

結局、理由も分からないし、都合よく解決できたり何かを知ってる人がすぐそばにいるなんて事は無かった。 
何処から得たか定かではない知識が招いたものなのか、あるいはそれが何かしらの因果関係にあったのか…。 
俺には全く理解できないし、偶々としか言えない。 

でも、偶々にしてはあまりにも辛すぎる。 
果たしてここまで苦しむような罪を犯したのだろうか?犯していないだろう? 
だとしたら…何でなんだ?不公平過ぎるだろう。それが正直な気持ちだ。 

俺に言える事があるとしたらこれだけだ。 
「何かに取り憑かれたり狙われたり付きまとわれたりしたら、マジで洒落にならんことを改めて言っておく。 
最後まで、誰かが終ったって言ったとしても気を抜いちゃ駄目だ」 

そして…、最後の最後で申し訳ないが俺には謝らなければいけない事があるんだ。 
この話の中には小さな嘘が幾つもある。これは多少なりとも分かり易くするためだったり、
俺には分からない事もあっての事なので目をつぶって欲しい。 
おかげで意味がよく分からない箇所も多かったと思う。合わせてお詫びとさせて欲しい

ただ…、謝りたいのはそこじゃあない。 
もっと、この話の成り立ちに関わる根本的な部分で俺は嘘をついている。 
気付かなかったと思うし、気付かれないように気を付けた。 
そうしなければ伝わらないと思ったから。 
矛盾を感じる事もあるだろう。がっかりされてしまうかもしれない…。 
でもこの話を誰かに知って欲しかった。 
俺は○○だよ。 

‥今更悔やんでも悔やみきれない。

【洒落怖】【怖い話】くねくね

別サイトに掲載されてて、このスレの投票所でも結構人気のある「分からないほうがいい」って話あるじゃないですか。 
その話、自分が子供の頃体験した事と、恐ろしく似てたんです。 
それで、体験した事自体は全然怖くないのですが、その 
「分からないほうがいい」と重ね合わせると、凄い怖かったので、 
その体験話を元に「分からないほうがいい」と混ぜて 
詳しく書いてみたんですが、載せてもいいでしょうか? 

これは小さい頃、秋田にある祖母の実家に帰省した時の事である。 
年に一度のお盆にしか訪れる事のない祖母の家に着いた僕は、早速大はしゃぎで兄と外に遊びに行った。
都会とは違い、空気が断然うまい。僕は、爽やかな風を浴びながら、兄と田んぼの周りを駆け回った。 
そして、日が登りきり、真昼に差し掛かった頃、ピタリと風か止んだ。
と思ったら、気持ち悪いぐらいの生緩い風が吹いてきた。
僕は、『ただでさえ暑いのに、何でこんな暖かい風が吹いてくるんだよ!』と、
さっきの爽快感を奪われた事で少し機嫌悪そうに言い放った。 
すると、兄は、さっきから別な方向を見ている。その方向には案山子(かかし)が 
ある。『あの案山子がどうしたの?』と兄に聞くと、兄は『いや、その向こうだ』と 
言って、ますます目を凝らして見ている。僕も気になり、田んぼのずっと向こうをジーッと見た。
すると、確かに見える。何だ…あれは。 
遠くからだからよく分からないが、人ぐらいの大きさの白い物体が、くねくねと動いている。 
しかも周りには田んぼがあるだけ。近くに人がいるわけでもない。僕は一瞬奇妙に感じたが、ひとまずこう解釈した。 
『あれ、新種の案山子(かかし)じゃない?きっと!今まで動く案山子なんか無かった 
から、農家の人か誰かが考えたんだ!多分さっきから吹いてる風で動いてるんだよ!』 
兄は、僕のズバリ的確な解釈に納得した表情だったが、その表情は一瞬で消えた。 
風がピタリと止んだのだ。
しかし例の白い物体は相変わらずくねくねと動いている。
兄は『おい…まだ動いてるぞ…あれは一体何なんだ?』と驚いた口調で言い、気になって 
しょうがなかったのか、兄は家に戻り、双眼鏡を持って再び現場にきた。
兄は、少々ワクワクした様子で、『最初俺が見てみるから、お前は少し待ってろよー!』と言い、はりきって双眼鏡を覗いた。 
すると、急に兄の顔に変化が生じた。みるみる真っ青になっていき、冷や汗をだくだく 
流して、ついには持ってる双眼鏡を落とした。僕は、兄の変貌ぶりを恐れながらも、 
兄に聞いてみた。『何だったの?』 
兄はゆっくり答えた。 
『わカらナいホうガいイ……』 
すでに兄の声では無かった。兄はそのままヒタヒタと家に戻っていった。 
僕は、すぐさま兄を真っ青にしたあの白い物体を見てやろうと、落ちてる双眼鏡を 
取ろうとしたが、兄の言葉を聞いたせいか、見る勇気が無い。
しかし気になる。 
遠くから見たら、ただ白い物体が奇妙にくねくねと動いているだけだ。少し奇妙だが、それ以上の恐怖感は起こらない。
しかし、兄は…。よし、見るしかない。どんな物が兄に 
恐怖を与えたのか、自分の目で確かめてやる!僕は、落ちてる双眼鏡を取って覗こうとした。 
その時、祖父がすごいあせった様子でこっちに走ってきた。
僕が『どうしたの?』と尋ねる前に、すごい勢いで祖父が、
『あの白い物体を見てはならん!見たのか!お前、その双眼鏡で見たのか!』 
と迫ってきた。僕は『いや…まだ…』と少しキョドった感じで答えたら、祖父は『よかった…』 
と言い、安心した様子でその場に泣き崩れた。
僕は、わけの分からないまま、家に戻された。 
帰ると、みんな泣いている。僕の事で?いや、違う。よく見ると、兄だけ狂ったように 
笑いながら、まるであの白い物体のようにくねくね、くねくねと乱舞している。
僕は、その兄の姿に、あの白い物体よりもすごい恐怖感を覚えた。 
そして家に帰る日、祖母がこう言った。『兄はここに置いといた方が暮らしやすいだろう。 
あっちだと、狭いし、世間の事を考えたら数日も持たん…うちに置いといて、何年か 
経ってから、田んぼに放してやるのが一番だ…。』 
僕はその言葉を聞き、大声で泣き叫んだ。以前の兄の姿は、もう、無い。
また来年実家に行った時に会ったとしても、それはもう兄ではない。
何でこんな事に…ついこの前まで仲良く遊んでたのに、何で…。僕は、必死に涙を拭い、車に乗って、実家を離れた。 
祖父たちが手を振ってる中で、変わり果てた兄が、一瞬、僕に手を振ったように見えた。 
僕は、遠ざかってゆく中、兄の表情を見ようと、双眼鏡で覗いたら、兄は、確かに泣いていた。 
表情は笑っていたが、今まで兄が一度も見せなかったような、最初で最後の悲しい笑顔だった。 
そして、すぐ曲がり角を曲がったときにもう兄の姿は見えなくなったが、僕は涙を流しながら 
ずっと双眼鏡を覗き続けた。『いつか…元に戻るよね…』そう思って、兄の元の姿を 
懐かしみながら、緑が一面に広がる田んぼを見晴らしていた。そして、兄との思い出を 
回想しながら、ただ双眼鏡を覗いていた。 
…その時だった。 
見てはいけないと分かっている物を、間近で見てしまったのだ。 

『くねくね』 
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